私の母親としての気持ちの
1/3ぐらいは
罪悪感が占めているかもしれない。
ごめんね
と、いつも心のどこかで思ってる。
娘ちゃんは
人見知りが激しくて。
生後10ヶ月頃から現れ始め
抱っこが許されるのも
ママとパパのみ。
週1で遊びに行く
旦那くんの実家でも
ママの姿が見えなくなると
懸命に探す。
ばーばが両手広げ待っていても
プーイ
じーじがおもちゃを差し出しても
ポーイ
…

人に相談すると
賢いんだよとか、
慎重派なんだよとか
助言いただいて
私もそう自分に言い聞かせるのだけど
愛情が足りないんじゃないか
とか
信頼関係を築けていないんだろうか
とか
悩んでもいた。
トイレから戻って
足元にしがみつく
娘ちゃんの泣き顔には
心が痛んだ。
イライラしてごめんねとか
体当たりで
遊んであげなくてごめんねとか
ご飯の味付け失敗してごめんねとか
娘ちゃんへの愛情の裏には
いつだって
申し訳ない気持ちが
存在する。
今回だって
私の身勝手なプランに
娘ちゃんを連れ回したわけだ。
ごめんね
という気持ちはいつだってある。
だけれども
娘ちゃんと一緒で
やっぱり私は幸せだと
実感できた旅でもあった。
行く先々で
可愛がってもらい
そして
私の大切な人たちを
笑顔にしてくれた
娘ちゃん。
松本の実家でも
娘ちゃんが笑うと
皆が笑う。
皆が笑うのを見て
娘ちゃんもまた笑う。
人を笑わせるって
大人はなかなか難しかったりするのに
娘ちゃんはさらりと
やってのけちゃう。
うちの実家は
長い間仲が悪かった。
だから
食卓を囲み
娘ちゃんを中心に
笑い声溢れる光景は
私にとって
何よりも嬉しくて。
笑顔の仲介役となり
幸せの連鎖を引き起こす
娘ちゃんの
圧倒的なチカラ。
爆睡する無垢な寝顔に
毎晩ありがとうを言う。
そうして
半径30センチ以内に近づくでねぇ

と何人をも拒否していた
娘ちゃんは
初対面の人が
近くにいても平気になり
ばーばの手を自分から握るようになり
(じーじの手は握られても振りほどく)
ママがトイレに消えても
泣かなくなった。
まだ抱っこは許さずだけれども
すごい、すごい成長だ
そのうちに
ママの手さえも離れていくのだろう。
それはそれで
また私は悩むのかもしれない

さあ、
長いプチ旅行も終わり

長期出張の旦那くんも
同じタイミングで帰任して
久々に家族水入らず
明日からはまた
北九州で頑張ろうね。
いつも、ごめんね。
そして
いつも、ありがとう。

