実家の庭に

小っちゃいイノシシが現れたビックリマーク


おとんの大切に育てている
アスパラガスの芽を掘り起こし

おかんが植えたチューリップを
サンドバッグのように弄び

花壇に石を投げ入れ
バケツの水をひっくり返し

頭から砂まみれで
猪突猛進するのは


そう、娘ちゃんである。


そして
たっぷり放牧させた後は

お風呂に直行だ合格

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さて、

撮りたい写真がある。


もしも講師になれて

いつか新生児アートが
できるようになったら

撮りたい写真がある。
(夢ばかり広がるのだ照れ)


それは、

新生児とママとのツーショット。


分娩を終え
赤ちゃんと初対面の

感動の1枚。

私と娘ちゃんの写真も

産婦人科の助産師さんが
撮ってくださった。

生命の神秘を体験した直後の
自然な姿で

これこそ美しいと
人は言うかもしれない。


もちろん
私にとっても貴重な写真には違いない。

だけれども

だけれども

汗ばんだ額に貼りつく
乱れた前髪に

疲労感滲み出た
目の下のクマとコケた頰。

とても他人には見せられない…(笑)笑い泣き


芸能人がブログで

出産報告

なんつってアップする写真は
美しいのである。

それは、元がいいからだ。

だけれども
私なんぞはやはり繕わねば。

シミ、ソバカスは消去した上で

赤ちゃんと一緒に
満面の笑みを残したかった

なーんて



産後は皆
赤ちゃんに釘付けだ。

寝ている姿をパチリ
目を開けた!と喜んでパチリ
新生児微笑に興奮してパチリ。


そして意外に
ママ以外の家族との写真はあったりする。

赤ちゃんを腕に抱いた
パパやじーじ、ばーば

もしくは
お兄ちゃん、お姉ちゃんになった上の子と
新生児のツーショットとか。


だけれども

ママと赤ちゃんのツーショットって
どうだろか。

その頃のママは

昼夜ないから
常にパジャマだし

すっぴんだし

寝不足だったり
疲労感漂っていたりするわけで。

あまりレンズを向けられることが
ないように思うのだ。

皆に抱っこされて
ママに戻ってくるタイミングは

大抵泣き出した時で

おっぱいね
オムツ替えましょうね

なんていって

それって
シャッターチャンスにはならなかったり。

振り返ってみると

自分と娘ちゃんとの写真も
あまりに少ないことに気づく。


別に
そんなに撮られたいわけじゃない。

どちらかというと
被写体になるのは避けてきた方だ。


だけれども

帰省して古いアルバムを開いて
ふと思うのは

娘にとって
母の若かりし日の姿を見るのもまた

嬉しいものだなあと。


当時の流行りだろうか
アフロな髪型に笑いながらも

今の自分と同じように
(おそらく環境的にはもっと厳しい中で)

育児に専念していたであろう
母の姿は

くすぐったいような感じもあるし

尊敬の気持ちも抱くし

今の自分にとって
励みになるように思うのだ。


一瞬で過ぎ去ってしまう
新生児の時期。

ぎゅぎゅっと
いろんな感情が詰まってて

ほんと一生懸命だった
濃密な時間。


ママだって
記念の写真を残してもいいよね。


もし2人目を授かることができたら

次はちゃんと
ツーショットを残そうと思う。


でもきっと
娘ちゃんも割り込んできて

スリーショットになるだろうけどね照れ