センシティブな内容になるかもしれない。
今年の2月初旬
第2子の妊娠が判明した。
ちょうど講師育成プログラムへの
申し込みの頃である。
冬には専属モデルの誕生だ
と
と娘ちゃんは叶わなかった
新生児アートを初め
いっぱいいっぱい
写真を撮ろう。
ママがおひるねアート講師になろうという
そのタイミングを見計らってやってくるなんて
なんて賢い子だろうと
きっと
めちゃめちゃ可愛い子に違いないと
すでに親バカ全開で
来たるマタニティーライフと
産後の生活を想像してた。
だけれども
その願いは叶わなかった。
稽留流産だった。
手術の翌日
お家で休んでいて、ふと
おひるねアートをつくろうと思いついた。
逝ってしまった
赤ちゃんに贈ろうと。
テーマは「静かなアート」。
その日は3月にしては暖かく
柔らかな陽射しが窓から差し込んでいた。
その光の中で
私はポロポロ泣きながらアートをつくり
隣では娘ちゃんが
すやすやお昼寝してた。
流産は初めてではなかった。
娘ちゃんを出産する前にも
一度経験していたのだ。
当時の私は無知だった。
懐妊したら
赤ちゃんはフツーに育って
フツーに生まれてくるものと思っていた。
まさか自分が、と。
だから
心拍が停止してますと告げられ
(先生の誤診か、もしくは
きっと生き返るはずと本気で信じたほど)
相当落ち込んだし
立ち直るまでに結構な時間を要した。
それから
流産や、不妊について独学して
それなりの知識を得てきた。
驚いたのは
実はわたしも…
という女性が周囲に割と多くいるという
事実だった。
あの店ランチよかったよ的に
話せる内容じゃまったくないし、
話したところで相手が反応に困るだろうし、
だから
自分が経験して
初めて知り得るのかもしれないけれど。
ただ強く思ったのは
出産とは奇跡なんだと。
十月十日お腹の中で
すくすくと育ち
元気に産まれてくることは
奇跡なんだと。
今回の妊娠でも
だから心のどこかで覚悟はしていたのだ。
医者にも高齢出産と流産の確率を
あらかじめ示唆されていた。
(私はもうすぐアラフォーから
ただのフォーだ)
だけれども
やっぱりショックだった。
ただ前回と違うのは
いくら悲しみに耽たくとも
娘ちゃんが放っておいてくれない
ということだった。
腹減ったーと泣かれたら
私が泣いてる場合じゃない。
その意味で
立ち直るのは早かったし
娘ちゃんの存在を
より愛おしく思うようになった。
ほんとに奇跡なんだなって。
イライラしてばかりだったけど
もっと優しくしようと思った(笑)
約1ヶ月の短すぎる妊婦期間だったけれど
幸せな夢を見させてくれた
天使になった赤ちゃんのためだけの
おひるねアート。
次は
天使が舞い降りてくるアートをつくりたい。
それが私のささやかな願いである。

