おはようございます。
2月に2週間のお休みを頂き、実家の片付けを手伝って来ました。(私、ヘタレはB型作業所で手芸とイラストを教える仕事をしています)
まずは、北関東にある実家に到着後の、そこで暮らす弟のクマノスケ(3歳下)から、この部屋が仏間の次に綺麗だから、ここで寝起きしてくれと通された。床の間がある和室の話をしようと思います。
(仏間は母の葬儀前に、弟が、ここだけは徹底して片付けました)
部屋の奥には、埃と汚れで表面がコーティングされていた長方形の座卓が2つ積み重ねられ、その上には様々なものが置かれ、床の間には埃まみれの人形ケースなどが山積みにされていました。
かろうじて、私と次男(21歳、大学生)の寝る。布団2枚分のスペースは確保されていたものの、畳は蓄積された埃や汚れなどでザラザラしていました。
その為、まず、行った事は、
2月という、年間で一番寒い時期の北関東名物のからっ風が吹き荒れる中で扉を全開にし、
裸(はたき)と箒(ほうき)で、その部屋の埃を落とし、掃き出し、掃除機をかけ、畳を水拭きし、ダニアースを使用するという事でした。
これを行うのに半日掛かりました。
スタート時点においてのこの有様に、私達、親子は、この部屋の何処が仏間の次に綺麗なのだろうか?と、小首を傾げたのですが、
たしかに、6LDK➕納戸という間取りの実家の中で、その部屋は仏間の次に綺麗でした。
他の部屋は全て目を覆いたくなる状況で、弟が寝ている部屋は?と言えば、家中に点在していた書類や物を集めた中に、寝袋が置かれている状況でした。
それを目の当たりにした私と次男は、この滞在期間中で彼の日常生活を取り戻そう、その為の出来る限りの手伝いをしようと決意しました。
さて、前回の記事にて、先に片付けをスタートさせた弟から、家の中から、ハサミが45本、爪切りが15個、毛抜きが10本、カッターナイフが8本、ドライバーが12本、100円ライターが15本、画鋲が23本、見つかったという報告を受けたと書きましたが、
私と次男が合流し、片付けを進めたところ、更に、ハサミが8本、爪切りが5個、毛抜きが5本、100円ライターが3本、画鋲が10本見つかりました。
その他にも耳かきが15本、フォチキスが8個などが次々と発見され、このままだと、物の発見と分類だけで終わってしまいそうなので、
作戦会議を開き、片付けの優先順位を決める事にしました。
台所、風呂、洗面所、トイレなどの水回りを片付け、掃除し、スッキリさせる。
不要な、雑貨、衣類、食器類などを処分し、弟が1人で生活するのに必要な数だけ残す。
不要になった家具を分解し、自治体で回収可の状態にし、処分する。
優先順位をこの3つに絞り、
主に、家具の分解などは弟と次男に任せ、私は、台所から着手し始めたところ、
フライパンが8本、鍋が10個、まな板が5枚、菜箸が5組、お玉が6本、フライ返しが5本、包丁が20本、缶切りや栓抜き合わせて20本などが、次々と、見つかり、(長くなるので割愛します)
調理器具は使い勝手の良いものを残し、包丁は刃の状態を見ながら、丁度、頂きものの大根があったので、切れ味のオーディションを行い、3本に絞り、後は処分しました。
次に、食器棚へ移行したところ、引き出しには、はし、スプーン、ナイフ、フォークなどが30〜50本ずつあり、
幅240cm高さ180cm奥行き50cmの大きな食器棚を埋め尽くす大量の食器類と、棚の下段の開き扉の中と棚の上、棚の前にも箱に入った食器類があり、
(箱付きの未使用の食器類は業者さんに買い取って貰いました。買い取り不可で、不要な物は全て処分しました)
居間のサイドボードの中の客人用の和洋中のティーセットなどを合わせると、その数は、食器類だけで軽く1000を超えていました。
この状況に私は、
何ですかこれは?何でこんなにあるのですか?この家は3人暮らしでしたよね?どういう事ですか?と、ハイテンションになり、大笑いをしたところ、
それに、つられて、弟と次男も大笑いしました。
それから、私達は、何かある度に、何これ?と、ハイテンションになり、大笑いをしながら、片付けを進めて行きました。
主に、力仕事を担当した。弟と次男は、幅120cm、高さ180cm、奥行き40cmのスチールラックを解体し、近所の金属買い取りの業者さんに持ち込んだ際に、
実は、これと同じもの5つあって、と申し出たところ、
近所なので実家の事情を知っている事もあり、
ええっっ??これが全部で6つあるの?家の中がそんなに大変な事になってるの?大丈夫?と、驚かれ、同情され、心配されました。
この6つのスチールラックは、家の一階に点在設置されていました。
物を溜め込み、捨てるなどの処分が出来ない両親は、スチールラックに物を積み込む事で、片付けをしたつもりになり、それを増やす事を繰り返していました。
それにより、数箇所、通行不可の開かずの扉が生まれ、家の中の動線を妨げ、隣の部屋に行くのに他の部屋や廊下を通るなどの迂回が必要となり、それは、まるで迷路の様でした。
その為、一番奥の部屋にいる時に、急な来客などで玄関に行くのに、サッシを開けて裏庭に出て、そこから玄関に周り込むという事もよくありました。
これには、大笑いと言いますか、笑うしか無かったです。
ちなみに、この状態が15年程続いていました。
なので、全てのスチールラック及び、そこに積み込まれていた物の処分が終わり、家の中の本来の動線を取り戻し、迷路生活から解放された私達は歓喜し、祝杯をあげました。
ですが、笑えなかった出来事もあります。
掃除の為、冷蔵庫を動かしたところ、
床と壁に2cm近くの様々な汚れが付着した黒いペースト状の埃が蓄積していて、それらをヘラで剥がし、ケルヒャーのスチームクリーナーを駆使して床と壁を綺麗にした結果、
壁に5箇所、軽く焦げた跡が見つかりました。
これは、トラッキング火災が起きかけた跡であり、これには、ゾッとしました。
よくぞ、これまでに火事が起きなかった。と、胸を撫で下ろすと共に、この事を教訓とし、これからは冷蔵庫と壁の間は間隔を開ける事、
(かなり密着していました)
年に一度は掃除をする事を決めました。
(10数年間このままでした)
その後、台所の床の掃除に入るのですが、数十年にわたりこびりつき層になった汚れを落とすのに、ケルヒャーのスチームクリーナーを駆使する事を3回繰り返し、ようやく、本来の床を取り戻しました。
そもそも、こんなに便利なものがあるのにも関わらず、何故、家の中が、この様な事になっていたのか?と言えば、それは、購入してから6年近く、箱の中に入ったままだったからです。
私は、今回、実家に来るまで、これの存在を知らず、弟の話によると、両親は、これを購入して家の中を綺麗にしたいという気持ちはあった様ですが、実際には、購入したが良いが全く使用していない。まさに、宝の持ち腐れというヤツでした。
とはいえ、これが無かったら、かなり掃除に手こずったと思いますので、これを遺してくれた両親に感謝しました。
台所もですが、トイレの黄ばみとり、お風呂のカビ取り、排水溝の掃除、床や廊下、36枚ある畳の拭き掃除などにおいて大活躍し、洗剤なしでピカピカにしてくれました。本当に有り難いと思いました。
こうして、着々と片付けと掃除は進み、2週間の滞在期間中に、出来る事はやって来れたのではないかと思います。
私の実家は母の再婚先ですので、実際に私が住んだのは2年程の短い期間でした。とはいえ、お世話になったのですから、この家に対しての恩を返し、義理を果たす事でケジメをつけたかったのと、
何より、実家の片付けを弟ひとりに任せる訳にもいきませんので、こうして、手伝いが出来て、本当に良かったと思います。
それと、今回の実家の片付けのタイミングが、私と弟が50代の前半という年齢で、次男が大学生で春休みだったからこそ、この短期間で、ある程度の成果をあげられたのだと思います。
(とはいえ、納戸や物置や庭など、まだまだ、片付いていない箇所がありますので、次回は母の一周忌に合わせて手伝いに行く予定です)
これが、もし、10年後、15年後だったとすれば、気力体力共に今の様にはいかなかったでしょうし、次男も社会人となり、もしかしたら、家庭を持っているかもしれませんので、手伝いに来るのは難しかったかもしれません。
「この世に起こる事は全て必要で必然でベストのタイミングで起こる」
これは、松下幸之助さんの言葉なのですが、
まさにその通りだと思いました。
このタイミングで本当に良かったと思うと共に、この素晴らしい機会が与えられた事に感謝しました。
さて、北関東の実家から広島に戻り、仕事に戻った私は職場の皆さまに手土産を渡しながら、私の不在中に仕事を進めていてくれた事への感謝の意を表しました。
なんと、2週間の休みの間に大量のアクセサリー作品が出来上がっていて、嬉しい悲鳴をあげました。
私を驚かせようと皆んなで頑張ったそうです。なんて、素敵な職場なのだろうと感動しました。有り難い限りです。感謝です。
こうして、仕事に戻った私は、同時進行で、周りの協力を得ながら、ワークショップやイベント出店の準備を行い、
この記事を書いている3月の末には、野外イベント出店ブースのレイアウトと、新規のネットショップの立ち上げの打ち合わせをするなど、
お陰様で、忙しいながらも、楽しくて幸せな充実した日々を過ごしています。
さて、今回の記事の更新で、北陸の実家に里帰りしている嫁ちゃんと、年末に生まれた孫娘ちゃんに会いに行った報告をする予定だったのですが、
1月の末に、いざ行こうとした直前に長男(31歳、配達業)がインフルエンザになり、行きそびれ、
そのまま、私と次男が北関東の実家に旅立つ日を迎えてしまい、せめて、長男だけでもと思ったタイミングで、嫁ちゃんの実家のお母さんと嫁ちゃんが続けてインフルエンザになり、またまた、行きそびれ、
その後、長男の仕事と私の仕事の繁忙期を迎えてしまいました。
この状況に対して、長男夫婦は、これは、きっと、長男がしっかりと仕事に励み、これからの生活基盤を築き、嫁ちゃんは実家でゆっくりと過ごし、産後の体力を回復し、英気を養う。という事なのだと、ポジティブに捉える事にしました。
私はそんな2人を見守り、嫁ちゃん達が帰ってくるまでの間、長男の食事を作るなどのフォローを続けて来ました。
そして、嫁ちゃん達は5月の連休明けに帰ってくる事が決まり、長男は連休明けに迎えがてら、北陸まで行って来る予定です。
私は、仕事の休みが取れず、彼らの帰りを待つ事にしました。
帰って来たら、ささやかではありますが、一緒にお祝いをしたいと思います。
今からそれを楽しみにしています。
楽しみと言えば、今年も友人達と千年桜(醍醐桜)を見に行く予定です。その近くにカタクリの花の群生地があるので、両方、立ち寄りたいと思います。
こうして、今を、人生を楽しみたいと思います。
人は、今、ここで生きています。
今、目の前にあるこの幸せに感謝し、愛と感謝で今を大切に生きて行こうと思います。
お付き合い頂きましてありがとうございます。
感謝いたします。
今日も素敵な一日をお過ごしください。
※次回の更新は7月7日の七夕の日を予定しています。
その時に、孫娘や千年桜や仕事などの近況報告が出来たら思います。
相変わらずのゆっくり更新なのですが、ボチボチ続けていければと思っています。
いつもこのマイペースな私のブログに、気持ちよく、根気よく、お付き合い頂きありがとうございます。
読んでくださる。お付き合いくださる。皆さまあっての私のブログです。
皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。
おひいさま(ヘタレ)




