2日目。
○白河の関(白河神社)
白河の関
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%B2%B3%E3%81%AE%E9%96%A2
白河神社
http://www.genbu.net/data/mutu/sirakawa_title.htm
白河の関にも昔、小学校の遠足で行ったけど、暗くて苔むして、何もない印象しかありませんでした。
が、今、やっと大人になって、歴史を学んで、いざまた来て見てみると、「へえ~すごいものが白河にあったんだなあ~」「私はすごい土地に生まれたんだなあ~」という誇らしい気持ちに。
(公園としてきれいに整備され、案内もわかりやすくなっているということもあったのかも・・・ですが)
一度故郷を離れて、広い世界を知るのはいいことかも♪
平安時代は憧れの地として、そうそうたるメンバーが押し寄せています。
歌を詠むためだけに何カ月もかけて白河に来たそうな。
今で言うと、屋久島とか沖縄の離島とか?セドナとかシャスタ山とか?ピラミッドとかマチュピチュとか?未知のパワースポットに詣でる感覚なんだろうか・・・
公園の中にはすごい木がたくさんあって、「ここは地場が違うかも?!」。
樹齢800年の従二位の杉とか
桜と藤の絡みの木とか
前日、雷が落ちた木も見つけました! (この地をマイナスイオン化していたのですね・・・)
縄文時代の遺跡も発掘されたらしいので、ここもなにか祀りごとをした聖地だったと思われます。
とにかく、大和朝廷は、ここを境に結界を張っていたようです。
いや、もしかしたら、ここが強烈なので、ここから南しか結界が張れなかったのかも・・・
佐依さんの日記、こちらもど~ぞ!
http://plaza.rakuten.co.jp/maharrshylly/diary/201008290001/
○関山
ここも小学校の遠足で行きましたが、ピラミッド型の急高配で、「てっぺんに神社がある」としか記憶がなかった山。
「ちょっとざらっと眺めていくか」とスルーするつもりだったのに、「登れ!」と何者かに首を絞められているような佐依さんの苦しみ方(笑)で、諦めて登ってきました。
なんと、ここもすごいところでした!
ちなみに、ここへは完全装備の登山客をしり目に、四駆の軽自動車で登っちゃいました。
着いた時にはオーバーヒートでエンジンから煙が~~
皆さんはマネしないでください。
関山 万願寺
http://www.asahi-net.or.jp/~qy5s-sozk/seki/seki.htm
ここには、なんと、光明皇后が大事に持っていた「観世音菩薩」が行基に託されて、祀られています。
彼女が持っていた菩薩像は願えばなんでも叶うのだとか・・・
それがなぜこんな白河に?
きっとここに彼女の願いがあったのでしょう。そして、ここに置けばそれが叶うことも知っていたのかも…
光明皇后
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E6%98%8E%E7%9A%87%E5%90%8E
彼女は、慈善事業をした立派な方。ハンセン病患者の膿を吸ったら阿閦如来(あしゅくにょらい)の化身だったという話は日本史で学びましたね。
そして、源義経が東北の戦勝祈願して、馬を奉納しています。
鐘は江戸時代(1664年)白河藩主本多忠平からの奉納。
(急高配の山道にどうやって巨大な鐘を持っていったのかそっちの方が気になる)
空海さんも悟りを開くときに被る帽子みたいなのを奉納。
つい手を合わせたくなる観音様のケヤキの木
とにかく、歴史上のエライ方々がここを重要視していたのが明らかです。
2人共スルーしようとしたのを深く反省。
ここの山頂から見る景色は言葉を失うほど、すばらしい~
ここにいると、関東と東北の境目(結界)がわかるほど。
こんなすごい山があったなんて・・・
次回はついに最終回。古代遺跡&ヤマトタケルの建鉾山へ!
○白河の関(白河神社)
白河の関
http://
白河神社
http://
白河の関にも昔、小学校の遠足で行ったけど、暗くて苔むして、何もない印象しかありませんでした。
が、今、やっと大人になって、歴史を学んで、いざまた来て見てみると、「へえ~すごいものが白河にあったんだなあ~」「私はすごい土地に生まれたんだなあ~」という誇らしい気持ちに。
(公園としてきれいに整備され、案内もわかりやすくなっているということもあったのかも・・・ですが)
一度故郷を離れて、広い世界を知るのはいいことかも♪
平安時代は憧れの地として、そうそうたるメンバーが押し寄せています。
歌を詠むためだけに何カ月もかけて白河に来たそうな。
今で言うと、屋久島とか沖縄の離島とか?セドナとかシャスタ山とか?ピラミッドとかマチュピチュとか?未知のパワースポットに詣でる感覚なんだろうか・・・
公園の中にはすごい木がたくさんあって、「ここは地場が違うかも?!」。
樹齢800年の従二位の杉とか
桜と藤の絡みの木とか
前日、雷が落ちた木も見つけました! (この地をマイナスイオン化していたのですね・・・)
縄文時代の遺跡も発掘されたらしいので、ここもなにか祀りごとをした聖地だったと思われます。
とにかく、大和朝廷は、ここを境に結界を張っていたようです。
いや、もしかしたら、ここが強烈なので、ここから南しか結界が張れなかったのかも・・・
佐依さんの日記、こちらもど~ぞ!
http://
○関山
ここも小学校の遠足で行きましたが、ピラミッド型の急高配で、「てっぺんに神社がある」としか記憶がなかった山。
「ちょっとざらっと眺めていくか」とスルーするつもりだったのに、「登れ!」と何者かに首を絞められているような佐依さんの苦しみ方(笑)で、諦めて登ってきました。
なんと、ここもすごいところでした!
ちなみに、ここへは完全装備の登山客をしり目に、四駆の軽自動車で登っちゃいました。
着いた時にはオーバーヒートでエンジンから煙が~~
皆さんはマネしないでください。
関山 万願寺
http://
ここには、なんと、光明皇后が大事に持っていた「観世音菩薩」が行基に託されて、祀られています。
彼女が持っていた菩薩像は願えばなんでも叶うのだとか・・・
それがなぜこんな白河に?
きっとここに彼女の願いがあったのでしょう。そして、ここに置けばそれが叶うことも知っていたのかも…
光明皇后
http://
彼女は、慈善事業をした立派な方。ハンセン病患者の膿を吸ったら阿閦如来(あしゅくにょらい)の化身だったという話は日本史で学びましたね。
そして、源義経が東北の戦勝祈願して、馬を奉納しています。
鐘は江戸時代(1664年)白河藩主本多忠平からの奉納。
(急高配の山道にどうやって巨大な鐘を持っていったのかそっちの方が気になる)
空海さんも悟りを開くときに被る帽子みたいなのを奉納。
つい手を合わせたくなる観音様のケヤキの木
とにかく、歴史上のエライ方々がここを重要視していたのが明らかです。
2人共スルーしようとしたのを深く反省。
ここの山頂から見る景色は言葉を失うほど、すばらしい~
ここにいると、関東と東北の境目(結界)がわかるほど。
こんなすごい山があったなんて・・・
次回はついに最終回。古代遺跡&ヤマトタケルの建鉾山へ!