最近は暑い所為か何なのか、色々と興味深い事件が多い。
例えば23歳の会社員が婦女暴行目的で、45歳と50歳の女性を自動車でひき逃げしたという事件。
自動車を凶器に使う時点でもうアウトなんだけど、襲う相手なんて運転席から見えているんだから、何故そんな熟女ばかり襲ってんだよ?お前熟女好きなのか!?
と、色々とツッコミどころも多く、社会的不安にさせるに足る事件だった。
数日前に、新聞やワイドショーで数年前に『ナンパを無視された男が女性2人をひき逃げ』した犯人が捕まったという報道されたが、これも無関係ではないかもしれない。
そう、『人間を自動車で轢けば弱くなる』のだと知った模倣犯が現れてもおかしくはない。
なら、この熟女マニア以外にもこういう模倣犯が出るのではないだろうか?
そう考えれば社会的不安にもなるというものだ。そうだろう?
そして、もう一つ考えさせられるのが、自分が常に考えている『世界を変えるにはどうしたらいいのか?』という答えの参考でもあるということだ。
世界を変える為には『世界自体を変える』か『自分自身が変わる』かしかないというのは解っている。
うん、答えは解っている。
でも、そのアプローチの仕方は様々で、とてもじゃないが全てを考え付く事は出来ない。
成功者には成功者の、失敗者(あえて敗者とは言わないよ。それにしても言葉は面白いね。敗者を失ったのだから逆の意味としてもいいはずなのに、成功していないなんてとても傑作だ。これは西尾維新先生の戯言シリーズでの「請負人」に通じるものがあるかもしれないな、うん)には失敗者の考えと行動があり、それがとても興味深い。
この犯人も・・・いや、まだ『容疑者』か・・・も、そんなに熟女とエッチしたいのなら、そういう店で金払って抱けば良かったんだよ。
でも、その金を惜しんで、結果全てを失ってしまった。
殺人未遂ともなれば、社会的信用も失い、数年は刑務所暮らしだろう。
でも、彼はそうなる事が解らなかった、もしくはそれを望んだ。
なんという破滅的で破壊的な世界の改変だろうか!!
彼は見事世界自体を変えた。
・・・まあ、十中八九『望んだ世界ではない』だろうけど。
物事の因果も解らずに行動した結果がこうなったと、とても反面的勉強になる。
因果と言えば、たまにいる『付き合ってくれなきゃ殺す』とかいうのも、正にそうだ。
こういうのは付き合ったところでろくな人間じゃない事を露呈しているようなものだし、そもそもそれで付き合ってくれると考えている事自体がおかしい。
この場合、正しくは『キミがボクと付き合ってくれないなら、ボクは死ぬ』だろう。
危害を加えるでもなく、相手に罪悪感を与える。これが正しい。
自分が考えるに、よくある『正しい日本語、間違った日本語』のようなモンじゃないだろうか?
もしこの文章を読んでくれている人の中で、こういう状況に陥った時は、是非とも間違えないでいただきたい。
そういえば、フィリピンのバスジャック事件もそうだった。
犯人は元警官で、バスジャックをして復職を望んでいたが、じゃあ交渉が上手くいったとして、そんな事件を起こした人間を警察が雇うと思うか?
血迷った挙句の行動としか思えないのだから、人質に死者が出るのも無理はない。
だって、もう・・・『おかしくなっちゃっている』んだから。
クレイジーなんだから!!
明らかに失敗の方法。
でも、だからと言って俺達がその失敗を笑えるのかと言うと、そうではない。
だって彼らは『行動』が間違っていて、結果『失敗した』のであって、俺達は『何もしていない』のだから。
何もしていないのに、他人の失敗を笑う資格はない。
そして、この『何もしていない』というのが、どれほどの罪なのかと言う事も気付いていない。
今、この日本をうれいている者の中で、一体どれだけの者が『世界を変えよう』と行動しているのか?
不景気だというのなら、新たな商品を開発し、会社を立ちあげるなどいくらでもやれる事はある。
でも、大抵の者は『俺なんかじゃ無理だよ』と諦めている。
最初から諦めている!
何もしない内から失敗すると決め込んでいる!!
だから派遣社員になって、上前をはねられて、吸い上げられて、搾取されて、あげく使い捨てられる。
そしてそれを『仕方が無い』と諦める。
当たり前だ!
そんなのは『食べられる事を待っている食材(もっと酷い言葉も使えますが、ちょっと控え目に)』と同じじゃないか!
それを越える!それが出来るヤツが増えてくれば、希望を持ちながら野望を持つヤツが増えてくれば・・・こんな世界は簡単に変わるんじゃないだろうか?
・・・と、書いている俺はどうなんだって?
いや~、俺も『失敗者』だからね。希望も野望も無く、ただただ無意味無価値に生きて、「そのうち時機がきたら、その時は・・・」みたいに逃げている他の方々と同じですよ、ええw