皆さまこんにちは!前回のブログ記事にたくさんのいいね!コメントありがとうございます!
この7月も神さまの憐れみと恵みとお許しによって生かされていますことを感謝いたします。
標記のことについて、聖書からメッセージをさせて頂きますので、よろしければご覧ください。
新約聖書ヤコブの手紙第2章1~4節より
私の兄弟たち、あなたがたは私たちの栄光の主イエス・キリストを信じる信仰を持っているのですから、人をえこひいきしてはいけません。あなたがたの会堂に、金の指輪をはめ、りっぱな服装をした人が入って来、またみすぼらしい服装をした貧しい人も入って来たとします。あなたがたが、りっぱな服装をした人に目を留めて、「あなたは、こちらの良い席におすわりなさい。」と言い、貧しい人には、「あなたは、そこに立っていなさい。でなければ、私の足もとにすわりなさい。」と言うとすれば、あなたがたは、自分たちの間で差別を設け、悪い考え方で人をさばく者になったのではありませんか。」(ヤコブの手紙第2章1~4節)
心が神から離れた人々は富を崇拝しています。それは金が人を幸せにすると信じているからです。それで、彼らは金持ちを崇拝し、羨(うらや)み、尊敬します。彼らは金持ちと親しくなれば金のおこぼれにあずかれると思っています。彼らは金を神としているので、彼らの目には、金持ちが、金という神に最も祝福された幸せな人々に見えるのです。
これは悪魔から出てきた宗教であり、最も根強い偶像礼拝です。私たちの全ては、この偶像礼拝の世界の中に生まれ、育てられ、教育されてきました。そのために、私たちの心の中に、この拝金主義が染みついているのです。ですから、よほど注意しないと、この拝金主義がキリスト教会の中にまで入り込んできます。
学歴信仰も強力です。高学歴、高収入の男性は、この世の女性の理想的結婚相手です。このような考えを完全に悪として断罪しなければ、教会の中にすぐにこの悪のパン種が入り込み、全体を腐敗させます。このようなものが教会内に存在することを、決して許してはなりません。
社会的に高い地位についている人、有名な会社の経営者、エリートと呼ばれる階層の人々が高級車に乗って教会に来たとき、教会はそのような人々を歓迎しないでしょうか。その反対に、みすぼらしい姿の、名のない人々が来たとき、教会は歓迎するでしょうか。世俗化された教会は、決してそのような人々を歓迎しないでしょう。私たちが、もし人をこのように差別するならば、確かに心の中で聖霊に逆らうことになります。忠実に福音を語っているキリスト教会は、どのような人でも、たましいの救いを求めて来た人を全て、差別なしに歓迎します。
日曜日には、お近くのキリスト教会へぜひ行ってください。そして十字架の福音を信じて、天国での永遠のいのちをご自分のものとされて下さい。
キリストはあなたの罪のために身代わりとなって十字架で死んでよみがえられました。あなたがこのことを幼子のように疑うことなく、心から信じるならば、キリストはあなたの救い主となって下さいます。
神は完全に聖なる方です。罪のさばきの場所である地獄は存在します。
7月も日本で、世界中で、小さないのちが守られますように!
ひとりとして、一匹として苦しい思いをすることができますように!
ご覧いただき、誠にありがとうございました!