文章が好きだと気づいたのは、いつだったか、もう覚えていません。
ただ、小さいころから、本はとても好きでした。







テレビにはまったく興味がない子供でした。


学校でクラスメイトがドラマの話をしているのには全然ついていけませんでした。
というか、まともにテレビの前に腰を落ち着けていられない性分なんだと思います。
私がマトモにみたドラマって、古畑任三郎と柊又三郎くらいじゃないか。








本を読んで、ストーリーももちろん重要なんだと思うけれど、
それよりも私が、カタルシスにも近い感動を覚えるのは、
表現力のある文章を読んだとき。


絵画を見るときの感触と似ています。









そういうのって、理屈なんて介在しないじゃないですか。


自分がいいと思ったらいいし、
いいと思えなかったら、それはいいものではない。


ただ、直感とか感性とか、
いわゆるそういうものがすべての世界。









三島由紀夫の「金閣寺」を読んだときなんて、
ものすごい文章、書く人だなぁと思いました。


正直、内容、全く覚えてないんですけど、
比喩の巧みさ、副詞の使い方、形容詞の選び方、
とにかくすごい才能だと思いました。







ここ数日、締め切り締め切り締め切り!!!って、
あたまのなか、原稿の締め切りのことでいっぱいでした。
実家帰っても、ごはん食べながら原稿書いて、半分寝ながら原稿書いて、きづけば夜中2時とか、なっちゃってて。




ASAPで仕上げます!などと調子のイイコト言っちゃったわりには、
実際もう、カツカツにテンパってました。
ブログ用にてきとうに書いた記事なんか、
全然落としどころのない話で、
どうにもしまりがわるいなぁ、なんて考え出したら、
矢も盾もたまらず、
どんどん手を加えていってました。


で、無事、締め切りギリセーフで、原稿送りましたよ。









やった~送った、よかったー、
と思ったら、
ほったらかしにしてたメールはめっちゃ溜まってるし、
メルマガのイラストのしめきりがやってくるし、
某医学雑誌の原稿の依頼が、しめきりつきで来てました。












・・・書かねば。










って、思ってるんだけど、
そうやって、あせってるわりに、
書くのが、好き。











睡眠時間削ってでも、書くのが好きなんです。









文章を、つむいでいける幸せ。


たのしかったことも、うれしかったことも、
つらかったことも、かなしかったことも、
こうやって、文字にしていく幸せ。









言葉というものが、ほんとうに好きです。


書いているときの、幸せな気持ち。
原稿をチェックしているときの、幸せな気持ち。








言語野って、たしか、左脳だった気がするんですけど、
でもなんだか、右脳が動いている感じがします。




私が文章を作っているときって、どこか、”リズム”があって。


強調部分、弱い部分、流す部分、落とす部分、押し出す部分。



ピアノの演奏にも似ているかもしれません。










いい文章を読む快感は、
音楽を聴く快感や、
美しい絵を眺める快感に、よく似ています。




いい、悪いの判断、それは、
理屈じゃなくて、ただただ、
自分の感覚が全て、の世界。





今日もこうやって、ぐだぐだと書ける幸せに、感謝しつつ。