今月は、書き溜めていた自分史を続けて掲載しています。
1枚の写真からの自分史3作目です。
二人の子どもたちが小さかった頃のこと。
正食千葉教室おちこちの 向後 安希子です。
自宅でマクロビオティックの料理教室をしています。
自然に添う暮らしをつなぎながら、日々の小さな気づきを綴っています。
1枚の写真からの自分史③
「二人は昭和の子ども」
平成元年5月、端午の節句間近な時期の1枚の写真です。
映っているのは、当時3歳少し前の長女と1歳少し前の長男です。
場所は当時住んでいた中古の家の、居間の隣の部屋です。
写真を撮ったのは私。育児休業がもうじき終わるという時期に、
子どもたちとゆっくり過ごせる平日を映しておきたいという気持ちだったかもしれません。
この年は、年明けまもなく昭和天皇が逝去された年でした。
当時1989年は、いわゆるバブルの時代でした。
都心にでも出向けばその熱狂的な波を肌で感じることもあったのでしょうけれど、
そういう社会状況には無頓着に住宅周辺で過ごす日常でした。
写真に写っているのは、
窓からの春の陽ざしの中で、弟の口に離乳食を運んでいる姉と、
姉へ眼差しを向けながら口を開けようとしている弟の姿です。
住まいは閑静な住宅街で、この時も静かな時間だったと思います。
台所からは昼ご飯の香りが漂っていたかもしれません。
南側の窓ガラスはサッシではなくて、木の桟が入ったガラス戸でした。
そのためか姉の背や弟の顔にあたる陽ざしには、懐かしさを感じるような陰影があります。
後ろに見える籐の整理タンスは、祖母からの出産祝いを何か形にしておこうと思って購入したものでした。
その上には大きなガラスケースの五月人形がのっています。
長男の初節句のお祝いに夫の実家から届いたものです。
畳の部屋に敷いたピンク色のカーペットは色あせているように見えます。
カーテンは手作りでした。
窓の外に洗濯物が下がり、おむつが干されています。
当時は布おむつで、整理タンスの隣の青いケースは義姉から譲り受けたおむつ入れでした。
ケースの上には子どもたちが親しんだぬいぐるみがのっています。
そして二人が着ている衣類はほとんどが従妹のおさがりで、長男のベストは手編み。
思い返してみれば本当に頂き物や手作りで成り立っていた生活でした。
長男はずっしりと重い赤ちゃんでした。
このころはもう12キロくらいあって、祖母から四角男と命名されたほどでした。
抱っこするのが重くて鍛えられました。
座るようになった時、とても助かったことを思い出します。
長女も体格がよくて、義父は「冒険だんきち」の足のようだと言っていました。
「だんきち」を知りませんが、
足首まで同じ太さに描かれたたくましい姿の漫画の主人公だったのだと思います。
この写真にあふれるのは、一言で言えば「昭和」でしょうか。
昭和を感じさせる部屋の様子であり、
ものであり、
窓からの陽ざしであり、
そしてこの二人はまさに「昭和の子ども」。
そこに私は懐かしさと共に、切なくなるような愛おしさを感じます。
今日もお読みいただきありがとうございました。
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