こんばんは!

今日は文学読書会で鷲田清一『ちぐはぐな身体』(ちくま文庫)を読みました!

 
 
前回の読書会でとりあげた『戦争は女の顔をしていない』のなかで戦時中でも着飾ることを諦めきれなかった女性の描写がとても印象に残り、「ファッションって何なんだろう?」と疑問が湧き、ファッションに関する本が課題図書になりました。
 
 
鷲田清一さんは身体論・現象学を専門とする哲学者で、ファッションに関する著作を何作も出されています。


本書はそのなかでも代表作と言えるもので、あとがきに「十代向けシリーズ」と書かれているのですが哲学書の割には読みやすい一冊でした(とはいえ10代のときに読んでも理解しきれなかったかもしれませんが・・)。
 
 
「ちぐはぐな身体」というタイトルにあらわれているように、本書ではまず「自分は自分のからだをじかに見られない」という不安定な身体感覚があることを指摘し、わたしたちは衣服をまとうことでその不安をしずめようとする、という前提をもとにしてファッション・服飾とはなんぞや?ということについて論じています。
 
 
衣服をまとうことでなぜ不安がしずまるのか?というと、汗をかいたりシャワーを浴びたりするのと同じような「肌感覚」を衣服をまとうことで感じられ、これは自分のからだだ!と認識することができるからです。
 
 
こうした自己認識に加えてわたしたちは「社会」というものをすごく意識していて、社会が作り上げた文化に沿った服の着方をするし(人に見せてはいけないところを隠すなど)、学校へ行くときには社会的な「属性」があらわれる「制服」を着るし、大人になっても社会的な立場(TPO)をわきまえた服装をするように心がけます。
 
 
ですが、社会に規定された制服をまとうと、同一化・没個性という制服の性質上、せっかくしずめた自己認識の不安がまたぶり返してしまうことがあります。
 
 
そこでシャツのボタンを開けてみたり、スカートを短くしてみたり、というような「着くずし」をして「あの子と自分は違う」という風に自己認識をしなおして「わたし」を取り戻そうとするのです。
そうした「着くずし」が「ファッション」のはじまりだと著者は言及しています。
 
 
「たいていの服というのは個人のイメージについての社会的な規範(行動様式、性別、モラルなど)を縫いつけている。その着心地がわるくて、ぼくらはそれを勝手に着くずしてゆく。どこまでやれば他人が注目してくれるか、どこまでやれば社会の側からの厳しい抵抗にあうか、などといったことをからだで確認していくのだ。(中略)
ぼくらはファッションの冒険、(それがかっこよすぎるとしたら)試行錯誤をとおして、じぶんがだれか確定できないまま、じぶんの表面を、そういう社会的な意味の制度的な枠組とすり合わせつづけてきたのだ。その意味で、ファッションという、このからだの表面で起こるゲームは、社会の生きた皮膚なのであって、そこに各人がそれぞれ〈わたし〉になっていくプロセスが露出しているのだ。」(55頁)
 
 
引用からファッションはとても個人的なものなのだ、ということを強く感じました。
そして「外見は一番外側にある自分の内面」だとメンズファッションアドバイザーのMBさんがおっしゃっていましたが、この箇所を読んで改めて納得しました。
 
 
面白いのがこうした「着くずし」を全員がしようとするわけではないということです。
読書会では着くずす派/気くずさない派がそれぞれいて意見交換ができたのですが
 
 
〈着くずす派〉
・属性を決めつけられたくない(属性から解放されたい・自由でありたい)
・自分のからだは自分のものだ!という感覚を味わいたい
・素のままで勝負する自信がない、ファッションで自分を補強したい(これはわたしの意見笑)
 
 
〈気くずさない派〉
・「ルールを守る」という価値観の表明
・気くずさない(ファッションに敏感でない)のは自己肯定感の高さのあらわれ?
・視覚以外の自己認識の手段を持っていたから(身体を動かすなど)気にならない?
 
 
などの意見が出て、それぞれの価値観・個性が如実にあらわれてとても興味深かったです。
 
 
ちなみに、ファッションは着くずすことや着飾ることだけがファッションではありません。
 
 
「ファッションというと、まず着飾るというイメージがあるが、ファッションとはほんとうは社会を組み立てている規範や価値観との距離感覚であり、ひいてはじぶんとの距離感覚であるとおもう。」(164頁)
 
 
上記の引用のとおり、ファッションとは自分が社会とどう距離をとるのかを“選ぶ”ことであり、それは必ずしも着くずす・着飾ることとは直結しないのです。
 
 
“選ぶ”という観点で言えば、なんの抵抗もなく流行にすぐ乗れる人はファッショナブルのようで実はアンファッショナブルである(選ぶことをしていないから)とも言えるのです。
 
 
わたしはファッションが大好き!と日ごろから(軽率に)使っていましたが、「ファッション」という言葉がこんなにも奥深く哲学的なものだったとは思いもしませんでした・・。
 
 
ですが、自分が日ごろ感じていた制服への違和感や自分が好きな服を着た時の高揚感などの「装い」への感覚が本書を読んだことで改めて明確になり、自分自身のことをすごく考えさせられた一冊でした。
 
 
先日会社員を卒業したのでこれまで着ていたかっちりした服やジャケット類を手放したのですが、もともとそういう服が好みではなかったのにもかかわらず「この“制服”を着ることはもうないんだなぁ・・」と思ってしんみりしちゃいまして。


TPOに合わせた服といえども「自分が選んだ服」ではあるので、自分を失った感じがして情緒不安定になったのかもなぁ、と振り返って思いました。(もし制服支給の会社だったらどんな気持ちになっていたんだろう・・)
 
 
これからは今まで以上にファッションに意識的になって「わたし」を取り戻していきたい、と本書を読んで改めて思いました^^
 
 
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