星野智幸『だまされ屋さん』(中央公論新社)を読みました。
30代になって、いままで以上に家族のことを思う日々が増えていたことに気がつきました。
「元気にしてるかな~」ぐらいの軽いものなんですけど、20代の自分のことに必死だったころよりは家族のことを考えることが増えたなぁ、と思います。
自分が結婚して子どもを授かったからっていうのも大きいですし、コロナ禍で気軽に帰省できない状況になったというのも大きいと思います。
そんななかで手に取った本書は、家族のつながりの重みを思い出させる、厄介な一冊でした。
この物語は、ある日突然古希を迎えた一人暮らしの秋代の家に若い男が上がり込み「家族になろう」とするという、なんともうさん臭い展開からはじまります。
男の名前は中村未彩人(なかむらみさと)。
きちんと名乗るけれどもうさん臭さは消えず、秋代は新手の詐欺かと警戒心MAXで対応にあたりますが、未彩人は秋代の娘・巴のことを知っていて、巴と「家族になろうとしている」から秋代とも親交を深めたいと言います。
秋代が反発しても未彩人はするりとかわし、家の中でくつろぎ、しまいには夕食を勝手に作って一緒に食べてしまいます。
秋代は警戒し続けながらも、娘の巴や孫の紗良について未彩人が知っていることからまったくの無関係者ではないと思い、また一人暮らしで話し相手に飢えていたこともあり、ついつい未彩人のペースに乗せられてしまいます。
しかし未彩人と家族の話をするたびに秋代の胸は痛みます。
夫をがんで亡くし、3人の子どもとは訳あって連絡が取れない関係になってしまっていたからです。
未彩人はその後もしばしば秋代の家に来訪します。
未彩人の来訪の意図をはかりかねる秋代は警戒を解くことはありませんが、いつしか秋代の胸に溜まったものを気持ちよく吐き出させてくれる未彩人の来訪を待ち望むようになっていくのです……。
この物語は、秋代を含めた家族の視点が交互に入れ替わりながら進んでいきます。
長男の優志(やさし)、次男・春好の妻の月美、末っ子長女の巴。彼らはそれぞれ家族に対して苦い思いを抱き、距離を置いています。
家族というつながりは、簡単に離れられないからこそこじれるときは徹底的にこじれてしまいます。
春好の借金問題からはじまり、相手を見る目がなかったと自罰的になる月美、春好にどうしても甘い態度を取ってしまう秋代、幼い頃から春好の弱さが許せない優志、優志からずっと「支配」され続けている苦しみを抱える巴……と家族への負の感情の連鎖が続き、最終的に絶縁状態にまで陥ってしまうのでした。
秋代は負の連鎖をどうすることもできず、ひとり胸を痛めながらも孤独に暮らしていこう……と決意した矢先に未彩人がやってきたことで、崩壊寸前の家族の歯車が少しずつ動き出していくのです。
他人のことだと許せるのに家族のこととなると許せない、ということってよくあることだと思います。
それはなぜかというと、自分に重くのしかかるから、自分の心にものすごい影響を与えてくるから、それぐらい深くて重い存在だからなのだと思います。
血のつながりがなくても同じように言えるでしょう。
彼らはそれぞれの家族との苦しみを振り返るとき、家族という存在がいかに自分に影響を与えているのかということを嫌というほど痛感します。
それは「家族の呪縛」と言ってもいいくらいに強く、なかなか振りほどけない厄介なものだからこそ、彼らはそれぞれに悩み苦しむのでした。
その苦しみとこじれた関係性をふっと緩ませ、ほどこうとするのがふたりの闖入者です。
ひとりは未彩人で、もうひとりは巴のところにやってきて、思わぬところに突破口を開かせるのです。
「だまされ屋さん」というタイトルが未彩人のうさんくさいイメージと相まって、とてもじゃないけど受け止めきれないいかがわしい物語なんじゃないか、と想像しましたが、予想と全く違う物語展開に見事にだまされました。
家族の呪縛から逃れて本当に自立したい、ともがくそれぞれの必死な思いが痛いほど伝わり、彼らの切実さに涙が出ました。
彼らに必要だったのは自分や家族と向き合うストイックさではなく、少しの「緩み」だったのです。
呑まれていく蟻地獄から抜け出す展開が見事で、だまされながらも夢中で読み込んでしまいました。
コロナ禍を経て、家族の関係性がこれまで以上に濃密になった家庭は非常に多いのではないかと思いますが、外の世界が制限されることで家族の「重み」に苦しみもがく人も増えたのではないかと思います。
この物語は重たくて厄介で深いつながりの家族の問題を恐ろしいほどにあらわにしながら、思わぬ突破口を見せてくれる名作です。
重たくて厄介で、でも深いつながりのある家族。
愛おしくてかけがえのない関係性のはずなのに、いつのまにかこじれまくってしまうこともある関係性。
なんて面倒なんでしょう。
でもその関係性に、人間の煌めきやはかりしれない生命力を感じるのも確かなのです。
いま家族問題に苦しんでいる人は、息抜きに読んでほしいです。
事実は小説より奇なりで、あくまで息抜きとしてですが、息抜きはたくさんあったほうがいいと思うので。
わたしはこれから作っていく新しい家族の重みを改めて噛み締めました。
緊急事態だったり、天候が荒れたり、寒暖差が激しかったり、ここ最近はぐずぐずの環境です。
みなさんくれぐれもご自愛くださいね。
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