藤野可織『ドレス』(河出文庫)を読みました。
「もうちょっとでわかりそうなのに」
「わかりそうってお前、これが何語かも判明してないのに」
「でもわかりそうなんだもん、私、これ絶対知ってるような気がする」
(229頁 「静かな夜」)
この物語全体を通して、上記の引用のように感じてしばらくぞわぞわした一冊でした。
本書は表題作「ドレス」を含めた8編の短編集。
この物語たちは共通のテーマはなく、いや、あるとすれば「奇想」であるというところで通じているかもしれない、不思議な読後感に包まれるものばかりです。
「テキサス、オクラホマ」
恋人からダサいと言われながらも生肉色のパーカーを愛用する菫。そのパーカーは菫の初彼の愛用品で、ドローンの保養所でアルバイトをしていたときの悲しい思い出が湧き上がる……。
「マイ・ハート・イズ・ユアーズ」
若くて小さなうちが男の旬。男は旬のうちに子どもを作り「消えてなくなる」のが良いとされる世界で、子どもをつくることに悩み続ける夫婦がいて……。
「真夏の一日」
とある予定のない休日、植物に水をやり知人の写真展に足を運んだ真夏は、暗闇のなかでひとりの少年に出会う。少年は何度も話しかけて真夏との距離を詰ようとするが、真夏は侵食されたような気持ちになって……。
「愛犬」
いままですっかり忘れていた犬の記憶をある日突然思い出す。「私」が小さかった頃、母の友人の家にいた皮膚が傷ついていた犬とのささやかな交流。でも母はそんな犬などいなかったと言う。
そんな不思議な記憶が夫への限界が唐突にやってきたこととリンクして思い出され……。
「息子」
ある残業中の夜、妻から息子が帰ってこないと電話を受ける「彼」。息子の行動に呆れ返る妻をよそに、彼は自分の小さい頃と重ね合わせ、息子の行動を想像しようとする。遅くに帰った「彼」は妻の様子からその後の行動を想像して口を閉じる……。
「ドレス」
「彼」の恋人のるりは、耳に鉄くずのようなものを身につけている。それは「ドレス」というブランドのアクセサリーだそうでるりは大変気に入っているが、「彼」には全く理解できない。るりはどんどん「ドレス」にハマり、特注品をオーダーするようになる。どうにも理解できない気持ちと寄り添いたい気持ちが「彼」を揺さぶり……。
「私はさみしかった」
高校生の頃、「私」は同級生のカネコフが毎日痴漢に遭うと聞いた。「私」は同じマンションに住んでいたゲイカップルから何故か怖がられていた。どちらも不思議でならなかった。秋になるとさみしくなるほど罪の意識のない子どもだったのだから、彼らの恐怖を理解できないことを許してほしいと「私」は思うが……。
「静かな夜」
ちか子は静かで部屋が暗くないと寝られないタイプだ。けれどある日の眠れそうな夜、泊まりに来ていた姪のはなが、家の中から誰かの話し声がする、と言う。一緒に確認しに行って、なんでもないとちか子は言うが、本当は聞こえている。レンジフードから絶えず話し声のようなものが……。
どの短編も、読み終わるとぞわぞわとした感覚に包まれ、「ぞわぞわ」をどう言葉にしたら良いかわからず、この物語たちをどう飲み込んで良いのか戸惑ってしまいました。
ぞわぞわした感じをしばらく味わいながら考えたのは、この「ぞわぞわ」は、「わかる/わからない」の境界線に触れたからなのではないか、ということです。
この短編集には「理解できないもの」が多く登場します。
生肉色のパーカーを着る恋人、旬のうちに子どもを作らなかった男、暗闇のなかで話しかけ続ける少年、「私」の記憶のなかにしかいない犬、息子の反抗に呆れる妻、恋人のアクセサリーの趣味、周りの人の恐怖、レンジフードから聞こえる声……。
これらはどんな意味づけもなされません。
ただ、その様子が描かれるだけ。
だからわたしはこの「理解できないもの」に対してどう意味づけしたらいいか、困ってしまったのです。
だけど、世の中なんでも意味づけできるわけじゃありません。
わかっていても意味づけしたくなる、「これはこういうものなんだ!」とわかりたくなるわたしはなんて浅はかなんだろうとちょっと落ち込みました。この物語をこのまま受け止めるには器が足りていないよ、と言われたような気がしました。
だけどこの物語がすべてまったく「わからない」かというとそうでもなくて、小さいころわたしもさみしい気持ちになったりしたなぁ、とか、だれかに理解されようと思わなくても良いものってあるよなぁ、とか、共感できるところも大いにあるのですね。
だからこの「ぞわぞわ」は、「わかる」と「わからない」が両立する物語だったからこそ感じたのではないかなと思いました。
「ドレス」という物語に顕著にあらわれていますが、「わかる」「わからない」が両立すると、物語にものすごい温度差が発生します。
「ドレス、いいよねー!!」と共感する人の熱と、「鉄くず」と思う恋人の冷めた視線。
ドレスに熱をあげるるりと反対にどんどん冷め続ける恋人は、どちらも中和することなく、温度差が開いたまま描かれていくのです。
この温度差にわたしは「ぞわぞわ」したのでした。
わからないものはきっとずっとわからない。
わかる人とそうでない人との温度差が縮まることはずっとなくて。
その温度差に人間の本性が含まれているように感じて、わたしは怖ろしくなったのです。
平和主義だからですかね。もしくはこの世の中を楽観視しすぎているからか。
基本的になんでも「わかりたい」タイプなので、すごく悩みながら読み終えました。
だけど、この物語は「わからない」からといって相手を拒絶しているわけではありません。
物語を通して「わかる」「わからない」は共存するものなのだということをも暗示していて、自分にはない器の大きさを感じて唸らされました……。
わかりそうでわからない感覚に「ぞわぞわ」する一方で、身に覚えのある感情も多々湧き上がる、刺激的で不思議な感覚の短編集でした。
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