江戸・千駄木町の一角に流れる「心淋し川(うらさびしがわ)」周辺に住む人々の“淀んだ心”にフォーカスする6編の短編小説集です。
心淋し川周辺は「心町(うらまち)」と呼ばれ、大名屋敷の敷地の影に潜むように古びた長屋が建ち並びます。
心町の住民たちはその立地のように決して真っ当とは言えない生活を送り、淀んだ心淋し川に自分の心を重ね合わせるのでした。
各編のあらすじを簡単にご紹介します。
「心淋し川」
酒びたりで定職に就けない父の代わりに針仕事で生計を立てるちほは、色街の仕立て屋で絵師職人の男と恋に落ち、この町から抜け出したいと強く思うように。なかなか結婚を切り出さない彼にやきもきするちほの元に、ある日父が彼に殴りかかったという報せが入り……。
「閨仏(ねやほとけ)」
幼いころから不器量と言われたりきは、青物卸の六兵衛に囲われる4人の妾のうちのひとり。4人でひとつの長屋に暮らし、たまの寵愛を待ち受ける日々の不安と行くあてのない絶望にうなだれていたある日、六兵衛の手土産の張形を見つけ、興味本位で小刀で細工を彫ってみると……。
「はじめましょ」
喧嘩っ早さが災いし、職にあぶれた与吾蔵は成り行きで裏長屋の定食屋をひっそりと営んでいる。ある日根津権現へお詣りに行くと、手酷い別れ方をした女が口ずさんでいた唄を歌う少女に出会い……。
「冬虫夏草」
日本橋の薬屋の女将として切り盛りしていた吉は、訳あっていまは心町の長屋で足の不自由な息子の世話をしながらふたりで暮らしている。我儘放題の息子に周辺住民は呆れるものの、文句を言わず一心に世話をする吉の手前何も言えず、誰も吉の心の内をはかることができないでいる……。
「明けぬ里」
口達者で勝気なようは、桐八と所帯をもっても変わらず夫婦喧嘩をする毎日。売られた女郎屋からようやく出られたというのに心にもやがかかり気の晴れぬなか、ようより少し前に出た女郎屋のナンバー1の花魁・明里と再会し……。
「灰の男」
心町で差配(大家さんなどの意)をする茂十は、気立てのよさで住民たちから慕われていたものの、心に深く沈む闇を抱えている。毎日根津権現の楡の木で物乞いをする通称「楡爺(にれじい)」に優しく声をかける茂十の心模様は誰も知らない……。
突如誰かが淀みから救ってくれるわけではなく、心淋し川の水が透き通るわけでもない。
葛藤の末に自分のいまいる場所を受け入れ、淀んだ現実にめげずに生きていこうとする人々の懸命さに心を掴まれました。
「心淋し川(うらさびしがわ)」というタイトルの通り、日の光の当たらないところで必死に生きている人を描いた本書は、暗く、淋しい感情が溢れんばかりに書き綴られています。
けれど、そうした淀んだ感情を否定せず、逃げもせずに真っ向から受け止めることで、人は必死に生き抜くことができるのだと思い、影のうちにあるからこそ輝く生命の光を確かに感じたのでした。
心淋し川は決して綺麗な川ではなく、人々の荒んだ心をさらにかきたてるような淀みを持っています。
けれどその心をむやみに綺麗ごとにせず、ありのまま掬い取ることで、新たに開けるものもあるのかもしれません。
哀愁とたくましさの絶妙なバランスに痺れた作品でした。
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