今日は文学読書会でした!
課題図書はアーザル・ナフィーシー『テヘランでロリータを読む』(白水社)。
 
 
これまでは不朽の文学作品を課題図書にしてきましたが、今回は少し趣向を変えて、物語ではないものを手に取りました。
 
 
本書は1990年代のイランの首都・テヘランで、大学教授だった著者が有志をつのって開いた「秘密の読書会」について描かれた一冊です。
 
 
というのも、当時のイランは1978年にはじまったイラン革命、1980年〜88年にかけて続いたイラン・イラク戦争を経て保守化が進み、西洋文化やリベラルなふるまいをまったく受け付けない社会となっていたからです。
 
 
女性たちは身体全体を覆う黒のヴェールを必ずまとわなければならず、ヴェールが少しでも乱れていたり爪が伸びていたりするだけでも取締りを受け、少しでも反抗的な態度を取れば社会的に追放されてしまう、そんな厳しい抑圧を強いられていました。
 
 
著者のナフィーシーさんはイラン出身ですが13歳で渡米し、革命直後の1979年にテヘラン大学の教授として祖国へ戻ってきたのですが、革命前の自由な空気から一転し、ムスリム的な価値観以外を排除しようとする体制に愕然とします。
 
 
時を経るごとに圧力は増し、90年代にはとうとう西洋文学の作品が発禁扱いになってしまうほど。
現体制への危機感を強く抱いた彼女は、優秀で勉強熱心な7人の女生徒を誘い、西洋文学を扱った「秘密の読書会」を開くことにするのです。
 
 
7人の教え子たちは、抑圧された今の社会を「受け入れるしかない」という諦念をもって受け入れていました。
しかしそれゆえに彼女たちは「ムスリム的に正しいかどうか」でしかものごとを見ることができず、「個人としてのわたしがどう思うか」ということに思考が向かないことをナフィーシーさんは強く感じます。
 
 
だからこそ、ナフィーシーさんは文学の力を借りて、彼女たちの「個人」を取り戻そうとします。
日常に自由のない彼女たちにとっては、文学の世界こそがだれにも強制されない精神的な自由を得られる場であり、想像力を養い自分の可能性を広げられる唯一の手段で、その「聖域」を守ることで教え子たちに「自分なりの生き方」を選択してもらいたいという強い思いがあったのです。
 
 
本書ではタイトルにもなっているナボコフ『ロリータ』、フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』、ジェイムズ『デイジー・ミラー』、オースティン『高慢と偏見』を4章立てで中心に取り上げ、作品と彼女たちの置かれている現実や個人的な体験にどのように結びついていたのかが克明に描かれます。
 
 
戦争中、いつミサイルが落ちてもおかしくない状況で文学に触れ、物語に心動かされること。
外見も内面も徹底的に「ムスリム女性」であることを強いられた社会で、勝気で自立した女性の描写に胸を打つこと。
 
 
そうした自己内省を経て、彼女たちは自分の価値観や信念に気づき、少しずつ「個人としての生き方」を獲得しようとしていくのです。
 
 
本書を読んで文学の力をひしひしと感じ、文学部出身者として、文学愛好者として、とても誇らしい気持ちになりました。
ナフィーシーさんが信じ続けた文学の「魔力」に共感し、そして教え子たちが少しずつ「個人」を取り戻していくさまに胸を打ちました。
たとえどんな試練が待ち受けていようと、だれにも揺るがされない「個」を持っていることがその人自身の救いになり希望になるのだ、ということを心から感じました。
 
 
文学というものは、平和な日本にいるとどうしても「教養」「娯楽」の面でしかとらえられず、いまいち実用性に欠けるような見方をされがちです。
けれど、「個人の自立」や「想像力を養い寛容さを身につける」観点でいえば、文学ほどに実用的なものはないのです。
 
 
本書では文学の力とともに、全体主義的な体制の限界を強く伝えています。
ムスリム的価値観でしかものごとを見られない人は、他者理解や共感性に欠け、ひどく傲慢な人間になりかねないことがしばしば描かれているからです。
 
 
「正しい/正しくない」という単純なものさしでものごとを見るのは、思考停止にほかなりません。
世の中の、人間の複雑さを受け入れ考えを止めないことの大切さと、社会が個人の思考を奪うことがあってはならないということをナフィーシーさんは強く訴えているのです。
 
 
社会の規範にとらわれて思考を止めることがないように、ということは、日本でも同じく言えることです。
思考を止めないために文学があると思うと、なんて偉大な学問であり文化なんだ・・・としみじみ感じました。
 
 
読書会メンバーは全員同じ大学の文学部出身者なので、立場や環境が違うことでさまざまな読みが生まれる文学の醍醐味に浸り、文学の尊さを噛み締め合いながら、感想を共有しました。
 
 
「文学が一体なんの役に立つのか?」
高校生のときに友人に言われた言葉をわたしはいまだに忘れられないでいます。
そのときは、文学に心惹かれて、という曖昧なことしか言えずに自分自身も納得いく答えが出せなかったのですが、本書を読んでようやく自分のなかですとんと腹落ちする答えにたどり着くことができました。
 
 
役に立つ/立たないという価値基準がおかしいというのは置いておいて、文学部出身者もそうでない人も、「文学ってなんのためにあるんだろう?」というようなことは思ったことがあるのではないでしょうか。
 
 
本書は文学には個人を救う絶大な力があることを示してくれる良書です。
平和な日本にいると見えてこない、厳しい社会を知ることができるのも視野の広がりがあってとても勉強になる一冊です。
 
 
文学部に興味がある人、文学部に行きたいというお子さんをもつ親御さん・先生にぜひおすすめしたいです。


この本に出会えて良かったと心から思いました!
 
 
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