ハン・ガン『菜食主義者』(株式会社クオン)を読みました。
韓国文学をチェックしはじめてから気になっていたクオン社の「新しい韓国の文学」シリーズ一冊目になります。
そもそも韓国文学をそこまで読んでいないので何が「新しい」のかはわかりませんが……韓国文学を何冊か手に取ってみるとある共通点を感じます。
(わたしの手に取ったものが偏っているだけかもしれませんが)
それは、「痛み」が克明に描かれているということです。
家父長制が強く徴兵制もある韓国の社会的背景から、韓国文学は抑圧された者の痛みにフォーカスしたものが多いと感じます。
激情的な父親やバイオレンスな描写が多い上に、抑圧された歴史がそこまで昔話ではないということにショックを受けますが、韓国文学が「文学」を通してその「痛み」にあえて向き合い乗り越えようとしているようにも感じられ、これからの韓国文学の発展にも期待していきたいなとも改めて思ったのでした。
※「新しい韓国の文学」シリーズ、装丁がオシャレなものが多いです。
興味のある方はぜひチェックしてみてください。
前置きが長くなりましたがハン・ガン『菜食主義者』の感想です。
この物語は、ある時から肉を食べなくなった女性・ヨンヘの夫、義兄、実姉の視点からヨンヘの心身の“異変”が綴られる連作短編集です。
もともとヨンヘは口数の少ないおとなしい女性でした。
ヨンヘの夫はヨンヘの「平凡」なところがちょうどいいと思い、恋愛の熱情は特になく結婚を決め、思い通りの平凡な結婚生活を送っていたのでした。
しかし彼らの結婚生活はヨンヘの異変により崩れてしまいます。
ある日見た悪夢をきっかけに、ヨンヘは肉を一切受け付けなくなってしまうのです。
夫は困惑し、わけのわからない理由で生活が変わっては困ると反発したのですが、ヨンヘは菜食主義を貫き通します。
困り果てた夫はヨンヘの家族と連絡を取り、助け舟を出しますが、それがヨンヘにとってさらなる悪影響を及ぼしてしまいます……。
ヨンヘの父は肉を食べろと言っても一切きかないヨンヘに手を上げ、母はヨンヘを睨み、姉夫婦は間を取り持ちながらもヨンヘの異変に戸惑うばかり。
しかしヨンヘは誰が何を言おうと肉を口にせず、激高したヨンヘの父に無理やり食べさせられそうになると全力で拒否し、思いがけない行動に走るのです。
『菜食主義者』はヨンヘの夫、ヨンヘの義兄、ヨンヘの姉という3者の視点を通して、ヨンヘの異変を目の当たりにしてきた者、ヨンヘの異変を利用した者、ヨンヘの異変に胸を痛ませつづけた者の心模様を克明に描いていきます。
この物語を読み終わってまず思ったのは、3者の誰もがヨンヘというひとりの女性に寄り添うことがなかったという悲しみです。
ヨンヘの行動に対して夫は否定し、拒絶するばかり。義兄は自分の欲のためにヨンヘを利用し、姉は同情を寄せますが自分のことに精一杯でヨンヘに心から寄り添えなかったことをはっきりと自覚します。
ヨンヘは周りに自分を理解しようとしてくれる人、自分に心から寄り添ってくれる人がいないことに絶望し、自分の殻に閉じこもるように菜食主義者になっていったのではないか……と読みました。
そう感じたのはヨンヘの異変が「第二形態」まで進むからです。
ヨンヘは菜食主義者となった後、今度は自らが「植物」として生きていくことを望むようになっていくのです。
それは第二編の義兄視点の物語が大きなきっかけとなるのですが、それは菜食主義のきっかけになった悪夢を断ち切るためのささやかな希望として描かれます。
現実の世界では「さらなる異変」としか周りに捉えられませんが、ヨンヘは現実の世界を閉じ、想像の世界に希望の光を見出したのではないかと感じました。
いったいヨンヘはどんな苦しみを抱えて生きてきたのだろうか。
そして苦しみにどれほど耐え抜いてきたのだろうか。
作中ではっきりと描かれるわけではありませんが、ヨンヘの心身の異変の様子から、ヨンヘの心の内に溜めていたものがどれほどのものだったかを推し量ることができます。
現実の世界を閉じてしまうほどにヨンヘの心の内には「暴力的な抑圧」と「立ち向かえない絶望」があったのではないか……。
そう読み取ってしまい、さらに悲しくなりました。
しかしこの物語は現実の世界では悲劇であっても、想像の・文学の世界では希望の物語とも言えるかもしれません。
なぜなら、想像の世界はヨンヘが唯一安心していられる自由な世界だからです。
けれどわたしたちはほんとうの植物ではないため、現実の世界がしばしばヨンヘの邪魔をします。
ヨンヘは想像と現実のはざまで苦しみながら、希望を求め続けるのです。
最後まで痛ましく、現実の世界でどうにかヨンヘを救うことはできなかったのか……という悔しさも同時に感じる物語でしたが、ヨンヘが誰にも頼らず自分ひとりで生きていこうと苦心した軌跡の物語とも読めるのではないかと思いました。
ですが、もっと別の読み方があるようにも思えます。
それが何なのかは今はうまく表現できません。
現実の世界ではどんどん追い込まれながらも、いつまでも頑なであり続けたヨンヘの姿が頭に焼きついて離れません……。
彼女の心の内は深くまでのぞけなかったけれど、固く閉ざされていること、重く苦しいものが渦巻いている気配だけは感じ取れ、読者として寄り添いきれない自分が悔しく感じた一冊でした。
もう少し時間を置いて読むと、また違った思いが浮かぶかもしれません。今はヨンヘの心を貫いた強力な感情に圧倒されるばかりです。
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