ブログタイトルにも書きましたが、不思議な読み応えのある一冊でした。
この物語は、新宿にほど近いところに建つ都営住宅を舞台に、その地で蓄積された70年分の人生の断片が描かれていく長編小説です。
物語の主人公は30代後半の千歳。
大阪出身の千歳は、夫の一俊の祖父・日野勝男が住んでいた都営住宅に仮暮らしをしています。
勝男は怪我をしてしまい、エレベーターのない4階の自宅に一人暮らしをするのは無理だと判断され、一俊の母・圭子の家に療養中。
勝男が戻るまでの期間限定で、千歳と一俊は団地暮らしをしているのでした。
千歳は大阪に住んでいたときも同じような市営住宅に暮らしていたため、まるで昔住んでいた部屋のような、でも違う、慣れているようでそうではない不思議な感覚に浸りながら日々を過ごします。
新築マンションが次々建つ都心部であるのに、団地周辺だけは時が止まっているかのように施設の老朽化が進み、昔懐かしい感じがそのまま残っているのも千歳に幼い頃の記憶を呼び起こさせるのでした。
仮の住まいではあっても割に居心地よく過ごしていた千歳は、勝男からある人物を探してほしいと頼まれます。
その人物の名前は「高橋さん」、同じ団地に住む勝男の思い出の人らしいのだが、それ以外の手がかりがないという。
千歳は少ない手がかりながらも「高橋さん」を見つけ出そうとしますが、やはり難航してしまいます。
仮暮らしを続けながら団地周辺の人たちと関わりを持って行くなかで、千歳はこの地にいる人々の人生の断片を野次馬的に覗いているような気持ちになっていきます……。
この物語は、「人探し」という強力なミステリーワードが入っているにもかかわらず、 勝男の思わぬ過去が暴かれて…!というようなミステリー展開はまったくありません。笑
むしろ起伏の乏しい物語展開なのですが、不思議なことにページをめくる手が止まりません。
それは団地という場のパワー、磁力みたいなものに読みながら引き込まれていったからなのかもしれません。
3500戸程ある都営住宅には7000人以上の人が住んでおり、見た目も間取りもほぼ同じような住宅にここまでの大人数の人が住んでいるということに、千歳は改めて圧倒されます。
そしてその場には7000通りの住民の人生があるだけでなく、かつてそこに暮らしていた人たち、団地が建設される前からこの周辺に暮らしていた人たちの人生も蓄積されており、この物語ではその断片がふいに映し出されるのです。
幼い頃の一俊が、勝男の家に預けられていたときの思い出。
家を出る前の圭子が団地で過ごしたときの思い出。
団地が建設される前後の、青年時代の勝男の思い出。
そこにさらに、仮暮らしをしている千歳と一俊の思い出も加わります。
彼らの思い出はちょっとしたハプニングだったり、心温まるものだったりと、どこにでもありそうなありふれたものです。
それなのにページをめくる手がとまらず読み進めてしまうのは、千歳と同じように、誰かの人生を覗き見しているような野次馬的な好奇心が働くからなのだと思いました。
この物語を読み終わり、千歳ら家族たちの思い出だけでなく、住民すべての人生を受け止め続けた団地という建物に今まで以上に迫力と"畏れ"を感じました。
わたし自身は団地住まいではありませんが、団地の近くを通るたびに見えないパワーを感じて圧倒された記憶があります。
そりゃあ大勢の人々の人生を呑み込み続けているのですから、見えないパワーがあっても当然だとこの物語を読んで妙に納得しました。
この物語は千歳たちの身に起こるできごとに「こういうことなのか」というような解釈や意味づけをするものではなく、ただ描かれたものごとをありのままに受け入れるスタイルの作品だと感じます。
なぜならだれにでも起こりそうなものごとばかりが描かれるから。
ただ、人の営みを受け止め続けた団地という建物が今まで以上に印象深いものとして自分のなかに残り続けるばかりです。
人によっては物足りなさを感じてしまうかもしれませんが、団地住まいの経験がある人はとても共感できる物語だと思います。
団地ならではの人付き合いや、長年住み続けている人の思いに触れ、団地はマンションや一軒家以上に生命力のある場所なのではないかと思えてならないのでした。
以前行った香港のモンスターマンション。
ひしめいている建物というのは、やはり人を惹きつけるものがあるのだと思います。。
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