こんばんは〜!!
ゴールデンウイーク、どのように巣ごもりされましたか??
ささかわは
読書、飲食!飲酒!!
の合間に、
メルマガ読者さま宛てに
オンライン選書を
させていただきました!!
思いつきではじめたのですが、
思った以上に好評でとても嬉しかったです・・!!
おかげさまでとても充実したゴールデンウイークを過ごせました!
貴重な時間をいただきありがとうございました^ ^
オンライン選書サービスを
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おすすめしてもらいたい!という方は
ぜひメルマガをチェックしてください^ ^
そんな最近読み終わった一冊は
安部公房『壁』(新潮文庫)です!
学生時代ぶりに読みなおした・・!!
案の定、全く覚えていませんでした。
ていうか、たぶん、挫折したやつ。笑
10年ぶりぐらいに読みなおして
挫折した理由がよ〜くわかりました。笑
なぜなら、安部公房『壁』は
「シュルレアリスム小説」のひとつだからです。
「シュルレアリスム」ってなにか??
というと、
わたしなりのざっくり解釈ですが、
現実から極力離れることで、新しい世界を示そうとした実験的な試みのことです。
(……たぶん。笑)
(こちらのサイトに詳しく書いてあります↓)
シュルレアリスムは絵画で有名なものがいくつかあります。
画家のサルバドール・ダリが描いたぐにゃぐにゃの時計の絵とか。
ダリの絵で言うと、わたしたちが「時計は固いもんでしょ」と思っている
現実(または価値観、常識)から離れて世界を捉えてみたとき、また新しい世界の扉が開かれるのではないか・・!?
という試みをしたのだと思います。
安部公房に戻りますが、
本作はそのような「シュルレアリスム」の試みを
文学に持ってきた作品になります。
この作品で安部公房は第25回芥川賞を受賞しました。
安部公房『壁』は
「第一部 S・カルマ氏の犯罪」(芥川賞受賞作)
「第二部 バベルの塔の狸」
「第三部 赤い繭」
の三部で構成されている短編集です。
それぞれ話がつながっているわけではありません。
以下、各編の簡単なあらすじです。
「第一部 S・カルマ氏の犯罪」
ある日、男が目を覚ますと「自分が誰だかわからない」という嫌な感覚が襲ってきました。
不思議な空虚感に戸惑いながら原因を探すと、
なんと男は「名刺」に「名前」をぬすまれ、乗っ取られてしまったことがわかります。
男は「名刺」から名前を取り返そうとしますが、名前を持たない男はこれまでできていたことが何もできず、まわりの人にも頼れないことに気がつきます。
そして、メガネや服や靴といった自分の身の回りの品までもが男に反抗するようになり、ついには犯罪人として追われる身となってしまいます。
これまでの価値観がまるで通用しない世界に連れられた男は自分を取り戻そうと奮闘するのですが、その果てにたどり着いたのは「壁」だったのでした……。
「第二部 バベルの塔の狸」
貧しい詩人である「ぼく」が「とらぬ狸」によって影を食いつくされてしまったことで目以外の実体を失い、透明人間になってしまうところから物語がはじまります。
「とらぬ狸」の正体は、「ぼく」の空想。
詩人として空想を書き溜めてきたことで「とらぬ狸」は大きく成長し、実体となって「ぼく」の前にあらわれ出たのでした。
そして「ぼく」は「とらぬ狸」によって空想の世界へと連れて行かれるのですが……。
ちなみに「バベルの塔」とは旧約聖書に描かれた伝説上の塔のことで、人々が天までつながる塔を建設しようとした神が怒り、それまでひとつだった人間の言葉を混乱させて互いに通じないようにしたエピソードから、「伝わらない」「完成しない(実現しない)」という意味を含んだ皮肉として用いられるそうです。
「第三部 赤い繭」
「赤い繭」「洪水」「魔法のチョーク」の3編からなる物語。それぞれ独立した話です。
「赤い繭」は帰る家がなくなった「おれ」の身体が次第に糸のようにほぐれ、繭になっていく話で
「洪水」は突如人間が「液体化」する現象が起こり、世界中で洪水に見舞われる話で
「魔法のチョーク」は貧しい画家の「アルゴン君」が、空腹のあまりチョークで部屋の壁にいたずら書きをしたところ、その絵が実体となってあらわれて……という話です。
「魔法のチョーク」は「週刊ストーリーランド」みたいですよね(知ってますか?)。
以上のとおり、安部公房『壁』にはさまざまな「超現実」が描かれています。
・「名刺」が実体となり、男の社会性、そして存在自体をも完全に奪ってしまう
・「空想」が実体となり(とらぬ狸の皮算用、って現実になっていない考えのことですもんね)、「現実」が通用しない世界に連れられる
・「実体」である身体が繭のようにほぐれたり、液体のようになり、逆に絵が実体化する
このように、本作では超現実的なことを物語にしたらどうなるのだろう?という「シュルレアリスム」をまさに突き詰めています。
最後まで読んで、本作でキーワードになるのは、「壁」と「目」なのかな?と感じました。
「壁」は現実/非現実、科学/非科学の境目として用いられ、
「目」は境目としての「壁」の役を果たしているように感じました。
「空想」がおそれるものは「あんた何言ってんの?」という「現実からの目線」です。
こいつがなければぼくらは好きに生きられるのに!とでも言いたげに「名刺」や「とらぬ狸」は精一杯反抗するのですが、
空想たちが好き勝手はしゃぐと本気で意味不明になり、現実世界と完全に分断されてしまいます。
安部公房『壁』は、そうした現実/非現実の「壁」をうまく利用して、わたしたちに「シュルレアリスム」の世界観を提示してくれたのではないか・・と感じました。
支離滅裂かと思いきや、物語はちゃんと文脈に沿ってつながっていて・・という、現実/非現実のバランスが絶妙でした。
ゴリゴリの現実を生き理性を酷使する社会人にはなかなか手ごわい一冊でしたが、
現実世界から離れて頭の中の想像力(空想力)を思いっきり働かせると、いままで思いつかなかったことがひらめきそうで、頭の中がリフレッシュしたような気分になりました。
ゴリゴリの現実に生きて、理性的な思考に疲れている方に、理性をぶっこわす方法のひとつとしてぜひおすすめしま〜す。
子どもの頃に戻ったような感覚を味わえるかも!?
ということで
ひさびさの純文学作品読み直しは楽しかったです!
純文学読書会やりたくなりました。
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