まずはじめに、おことわりですが
私的な話をします。
この数ヶ月間、職場で妙なもやもやを抱えていました。
妙なもやもやとは、職場でいざこざがあったとか「あれが悪い」という具体的な原因とかがあったわけじゃないのに、どこか噛み合わないような空気が流れているような状態で、
職場で業務的な会話はするけれどその他のちょっとした会話はなく、なんか空気が淀んでいる?というか、そんな変な感じがここしばらく続いていて、どうにかなんないかなぁと思いながら過ごしていました。
わたしは変な空気を意識しちゃって、「なんか悪いことしたかなぁ?」と誰に問うでもなくぐるぐる考えたり、本を読んでブログに逃げたりしちゃっていたのですが、その空気が繁忙期と重なってさらに妙な空気で仕事をしなくちゃならなくなって。
繁忙期のときはいつも以上にコミュニケーションを取らないと仕事にならないのに、妙なもやもやを抱えたままのわたしは「なんか言いにくい」「なんか話しかけにくい」と思って、なすべきコミュニケーションもしたくなくなっていました。
そして、自分が無意識のうちに悪意ある行動を取っていたのかもしれない……どうしよう……と思いながらする仕事ほど集中できないものはなく、わたしはミスをしばしば重ねてしまいました。
ミスを繰り返せば、どうしたって消耗します。
あーなんて自分はダメなやつなんだと嘆き、責め、反省してるのにまたミスしちゃう。謎のミスの連鎖にはまったような感じになり、自分の気持ちは上がらないわ仕事は溜まるわだからブログは書けないわでトリプルパンチの状態がやや続きました。
いい歳して言うのもなんですが、だから最近は仕事に行きたくなくなっていて。笑
副業やるかとかブログで自立できないかなとか別のことを考えていました。
でも、原因がわからないからと言ってその場から逃げることしか考えられない自分も嫌で。(わかります?この感じ)
ぐるぐる自分で考えても仕方ないから、ちゃんと自分の思いを伝えようと思い、(いろいろはしょりましたが話さなきゃ!と思うきっかけがあって)先日、勇気を出して職場の人を呼び出して自分の思いを伝えました。
結果、話したことで気持ちがスッキリしました。
そして「受け取り方は人それぞれ」「伝えたい思いははっきり言葉にしないと伝わらない」ということを痛感しました。
誤解のようなものが解けて、相手に自分の気持ちが伝わったな、と思ったときは、感極まって泣きそうになりました(すぐ泣きそうになるのは自分の悪いくせです)。
いまの話はただ人に自分の思いを伝えたという話で
さらに言えば解決にもなっているかわからない、なんのオチもないなにそれ当たり前じゃん!な話なんですが
そのときは「なんか言いにくい」という「遠慮」という名の「逃げ」が積み重なって、「面と向かって伝える」のハードルがめちゃくちゃ高くなっていたんですよね。
だからその日は自分が勇気を出したことだけで120点あげたいくらい、自分がんばったお疲れ様、と思った一日でした。
そしてなにか都合の悪いことがあったときに、努力不足を嘆く前に、「勇気不足」がないかを確認するのも大事だと実感した一日だったのでした。
これは、山田ズーニーさんの本で「勇気」が足りないとわかり、背中を押してもらえたからこそできたことでした。山田ズーニーさん、本当にありがとうございます。
自分のブログにどうしてもこのことを残したくて、つらつらと書いてしまいました。ブログなのでお許しください。
さて、そんな「もやもや敏感期」に読んだ一冊は、わたしよりも何十倍も繊細そうな作家さんの本を読みました。笑
本書は歌人の穂村弘さんのエッセイ集で、なんと日経新聞に連載されていたものらしいです。
日経連載というとガチガチのゴリゴリのまじめエッセイ(どんなん?)!?と思いますが、まったく真逆のゆるエッセイで、わたしは「この人こんなに繊細すぎて大丈夫かしら……」と謎の上から目線になってしまうくらいでした。笑
ものすごくざっくり言うと、このエッセイで著者は「就職」以外の経験値が著しく低いと嘆き、回転寿司や飲み会で「自由」にふるまえる人をうらやみ、なんでもないポスターや看板をみて夢想をふくらませ、ベッドの上でつい菓子パンをむさぼり食べちゃうことを告白します。
うなずけるものもあれば、なんてこったい…!!とこっちが嘆いてしまうものまで。色とりどりの穂村弘さん(?)をのぞくことができる赤裸々エッセイでした。
ですが、読みながら穂村弘さんはずるいなぁと頭によぎります。
このエッセイが「日経連載」という大勢の人に読まれているものであること、歌人として本を出しているということ、はそっちのけで自分の自堕落さを書き尽くしているからです。
穂村さんの経験の話で言えば、穂村さんはひとりぐらしや海外旅行の経験はないかもしれないけれど、歌人になって本を出した経験があるじゃないか!!とうらやみました(わたしだっていつか本出してみたい!!笑)。
さらにずるいのがエッセイの締めに載せる短歌。絶妙な歌ばかりで、最後の最後に「本領発揮」という感じ。
短歌が良ければあとはどんな自堕落ではちゃめちゃな生活でもいいんじゃないか、と一瞬思いかけました(良いとは思いません笑)。
この本から感じたのは
たとえ人生の経験値のようなものが著しく低くても、身近に心を熱くするものがあれば、日常はきらめきに満ちるということでした。
穂村さんのエッセイや短歌に触れると、小学五年生のみずみずしさのようなものを感じます。
幼くて、臆病で、思春期がはじまりかけてて繊細で、でもすごくピュアな感じ。
その「みずみずしさ」を30代後半、そろそろ「おっさん」と呼ばれそうな年代に差し掛かってもいまだに持っているところが、心からすごいなぁと思いますしうらやましいなぁとも思いました。
「みずみずしさ」を保つためにあんな生活態度だったとしたら嫌ですが…笑 きっとたぶん違う。
精神的みずみずしさ、社会に揉まれているうちにいつのまにかなくしてしまった気がします。
社会で頑張ったごほうびとして、休日に精神的みずみずしさを取り戻せるような、子どもみたいなことをしたいなとふと思いました。
ためになる、とかそういうんじゃないけど
なんか好き。
そういうものも大事にしたいなと改めて感じた一冊でした。
ちなみに、本書が刊行されたのは今から17年前の2002年。
50代後半となった穂村さんは、海外旅行には行かれたのかしら(気になるのそこかい)。
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