「風に溶けてしまいたいと、こんなに思わされる場所はないだろう。夕方が近いと何もかもが金になる。その金はとろとろに溶けたバターみたいにゆるい風に混じってくる。」(38頁)
「みんな特に美しいわけでもかっこいいわけでもなく、単なる薄汚れた人間たちが集って浜辺でごろごろしているだけだ。ちっとも美しくないはずだ。
でもこの島の魔法はそんなこと全てにきらきらした粉をかけてくれる。みんなすばらしい人で、世界は美しく、人生はよいものだと思わせてくれる。その考えはまぼろしではなくって、もしかして泥の上に咲いた蓮のようなものなのかもしれない。」(104頁)
年中あったかくて陽気なハワイは世界中の誰からみても“THE・天国”かもしれないけれど、天気の変化が激しくて、寒い時期があって、やたらと災害の多い国で暮らす日本人こそがハワイの“天国感”をより噛み締められるのではないかと思う。
よしもとばななさんのハワイを題材にした短編集『まぼろしハワイ』には、登場人物の身にふりかかった日本での不幸、湧き上がってきたどうしようもない悲しみを時間とハワイという場で少しずつ浄化してゆく様子が描かれている。
表題作「まぼろしハワイ」では父親を突然亡くし、「姉さんと僕」では両親を不慮の事故で、「銀の月の下で」では生きているけれど家族と離別してしまった主人公の悲しみが描かれている。
どの悲しみも他人がちょっとやそっとじゃ触れられないような重たいもので、彼らは時間をかけて少しずつ立ち直り、ハワイの空気に触れて少しずつ元気を取り戻すのだ。
この物語にはハワイの観光名所はまったく出てこない。ハワイ島のどこかとか、ガーリックシュリンプとかABCストアとかいった単語は出てくるけれど場所を特定する描写はない。
けれど「ハワイの小説だなぁ」と感じられる。それは冒頭の引用のような“ハワイの空気”がところどころで描かれているからかもしれない。
ハワイは人をゆるやかな気持ちにさせる。
日本での雑事に追われて切羽詰まっていた思いをほどき、感情のおもむくままにさせ、悲しみにくれてひとしきり泣かせたり、フラダンスを見て神秘的な力をもらったり、空を見上げて生きるということの真理を悟ったりさせる。
この物語では、ハワイには良い感情も悪い感情もすべて呑み込む“おおらかさ”があると伝えてくるのだった。
しかし、どうしてハワイにはそんな空気があるの? ということは『まぼろしハワイ』にはあまり描かれていない。
『まぼろしハワイ』はハワイと日本での心情描写が中心で、ハワイの空気感をさぐるには同じくよしもとばななさんのハワイエッセイ『ゆめみるハワイ』を読むとだいぶわかる。
『ゆめみるハワイ』はフラダンスに目覚めたよしもとばななさんのハワイでの思い出が綴られたエッセイ集。
著者は本書でハワイで小説の着想を得た場所や家族との思い出を語りながら、美しい自然に触れてかけがえのない感情に気がついたりフラを通して人間同士の思わぬ絆を体感したりする。
本書自体がハワイらしさをあらわしているかのように、ゆるい。
ハワイについて気の向くままに書かれていて、「このメッセージをどうしても伝えたい!」とか「ハワイについての思い!」みたいな熱さはない。
けれど著者がこの上なくハワイに惹かれていることはすごく伝わった。
ハワイに恋をして、夢中になりすぎて、そして“大きすぎて”(神聖なもの、という意味で)もはや言葉にならない! という感じなのかもしれない(あとがきによると『まぼろしハワイ』は5年かかったそうだし……)。
『まぼろしハワイ』と『ゆめみるハワイ』を読みながら、わたしもぜひこの空気感を味わいたい、噛み締めたいと強く思ったし、恋をしたいと思った。
いったいどんな楽園、天国なんだろう。ハワイ。
ハワイ旅行の予習本の二冊を旅行前に読めてよかったです。いよいよ明日行ってきます。
ずいぶん前に買ったのにすごいギリギリになっちゃった…しかも予習本はもう一冊あり、めちゃくちゃ分厚い本なのですがそれは飛行機内でがんばって読破したいと思います。汗
もちろんアラモアナショッピングセンターやホールフーズマーケットでお買い物をしたりステーキやマラサダを食べたりビーチではしゃいだりもベタな観光もするけれど、ひとしきり自分の感情を解放する時間をつくってハワイの空気をめいっぱい吸い込みたいなと思います。
ハワイ旅行に行く人は渡航前にぜひ読んでほしい名作です。
