歴史小説に対して「今読まれるべき」と書くのはちょっと不思議な気持ちがする。

けれど、わたしはこの歴史小説を読んで、これは今読まれるべきだと強く感じた。

 

近年「多様性」という言葉をよく耳にする。

それはジェンダーとかセクシャルマイノリティとかだけでなく働き方や生き方においても当てはまる。

声を上げる人々は自分のいちばん心地よい生き方を模索していて、その様子をSNSなどでつぶさに見ることができる

 

そもそもどうして個の生き方を求めようとしているのかというと、今の生活にどこかしら窮屈な面を感じているからだ。

〇〇だから、〇〇すべき」という文化や世間体に生きづらさを感じているからだ。


でも、「多様性」という言葉は唐突にあらわれたわけじゃない。

「社会はそういうものだから仕方ない」と飲み込むことに我慢がならなくなった人は昔からずっと声をあげていて、ネットやスマホの普及をおかげその声をよく聴くようになっただけだ。

 

昔からといったが、それはいつぐらいからか? それはきっと1000年以上前からだ。

そう断定できるのは、今村翔吾『童の神』に「多様性」に向けて動いた人々の戦いの軌跡が描かれているからだ。



 

「童」という文字を見て、どんなイメージが湧くだろう?


こども。幼いもの。ちいさいもの。

 

「児童」という言葉にひっぱられてこんなイメージが湧いてくる。

けれど、1000年前の「童」の意味はそうじゃなかった

「童」は「朝廷に属さない先住の民」という意味だが、転じて差別用語として使われていた。

都に住まう京人がよそ者を差別する時に使う言葉の総称だったのだ

 

主人公は桜暁丸(おうぎまる)という越後(新潟)出身の武士。

桜暁丸の父は群司の大領で、母は異国の女性。母は自国から逃げ出したような体で父の領土の浜に流れ着き、父に見初められて桜暁丸を産んだ。黄金色の髪、目鼻立ちの整った母の血を受け継ぎ、桜暁丸は日本人離れした顔つきをしていた。

それが原因で、桜暁丸は周囲から奇異の目で見られる人生を送る。

 

桜暁丸の差別の原因はそれだけではない。桜暁丸の生まれた日は「有史以来最悪の凶事」と定められた日だったのだ。桜暁丸は生まれながらにして差別を受けることに疑問と苦しみを抱き続け、のちに差別の渦の中心地である京人に強い憎悪を抱くようになる……。

 

桜暁丸は父や師匠の教えを受け継ぎ、心根の豊かで立派な武士に成長する。

国を離れ、数々の地へ流れ行くように暮らすようになるのだが、各地で京人の搾取や迫害に苦しむ人々の声を聞き、反乱を企てようとする。

 

けれど桜暁丸の目的は朝廷を倒すことではなく、その先の「民の和同」が目的だった。

どんな人間であろうと差別されずに心地よく生きられる世の中をつくろうと桜暁丸は多くの仲間とともに奮起するのだが、権力者が集う朝廷の絶大な力はなかなかに手ごわい……

 

「多様性」という言葉をよく聴く現代は、彼らの戦いあってこそなのだと思うと身が震えた。彼らの戦いぶりは凄まじく、そして犠牲もとても多い。途中、涙なしでは読み進めることができなかった。

 

成長するにつれ、桜暁丸は武士として名を轟かせていくのだが、帝から名付けられた「酒呑童子(しゅてんどうじ)」という異名の由来をめぐる場面で強く胸打たれた。

 

「酒は神事とは切っても切れぬものである。それは内裏でも同様であり、即位の儀式でも重要な位置を占める。まさか帝が酒を呑むということを、酩酊し見苦しい様などという風には連想すまい。神事における酒は神酒と謂い、米から作られた白酒と、そこに灰を入れて醗酵させら黒酒がある。田と畑の統合を表しているとする説や、清濁併せて世を一つに平らしむという説など、諸説あるが金時如きがその真意を知るべくもない。少なくとも帝にとって酒を呑むとは、その儀式が最も身近であるはず、ならば酒呑が意味するものとは、

「民の和同……」」(272頁) 


この引用で、「清濁併せ呑む」の言葉の意味を深く理解できたように思う。


これは帝の思いを探る場面なのだが、引用の「金時」(坂田金時)は桜暁丸とは敵対する立場の者だ。


この物語では「敵/味方」という区別はするが、「悪/正義」という区別では語られない。敵も味方もみな同じ人間であり、同じような葛藤を持って生きているからだ。

読み手は敵・味方どちらの心情をもなぞるために、相対する場面では切ない気持ちがこみ上げる。


唯一悪の化身のように描かれるのは権力者の源満仲、頼光らである。


彼らは自分の力を守るべく、桜暁丸含めた反乱軍を鎮圧しようとする。彼らはあまり語られないが、権力を持ったからなのか、そもそも元から差別的な性格を持っていたのか、悪の根源とは何かを強く考えさせられる存在だった。


桜暁丸は「民の和同」のために戦い続ける。

その生き様はとても勇ましく、長い戦いに苦しみ自分のやり方に葛藤することはあるが権力に屈しない姿は読んでいて清々しい。


そして彼は最後まで自分の信念を貫く。京人主体の文化を、朝廷を、京以外の民の意識を、そして国を変えようとした一生に、深く敬意を表さずにはいられない。


戦いの結果がどうであれ、桜暁丸の信念は1000年後のわたしたちに確実に届いている。

読み終わって桜暁丸にそう伝えたくなった一冊だった。


新年早々、素晴らしい歴史小説を読むことができて大満足だった。



ちなみにこの物語で暗躍する人物のひとりに「安倍晴明」がいる。
その他歴史好きな人々からするとオールスター感謝祭のような感じで平安武将が続々と出てくるので、歴史好きな人はぜひ読んでほしい一冊だった!