わたしは平成生まれだけれど
「平成くん」には全くついていけなかった。

「平成くん」は平成元年に生まれた29歳の文化人。
大学時代に書いた論文が書籍化して話題になり、その後情報番組のコメンテーターや脚本家など活躍の幅を広げ、平成を象徴する存在としてメディアを席巻している。

彼は都内某所のタワーマンションに恋人の愛と猫のミライと一緒に暮らしている。
若くして彼の手に入れられないものはほぼなく、自分の好きなように仕事をして好きなように暮らしている。

住む世界が違いすぎてため息すらも出ない「平成くん」の何不自由のない暮らし。

さぞかし幸せな生活を送っていることだろうと思うのだがそうではなく、むしろ彼は「安楽死を考えている」と唐突に愛に告白する……。

「平成くん」の姿をイメージしようとすると、羽生結弦選手とか落合陽一さんとかSHOWROOMの前田裕二さんとかを足して割った感じになる。

ちょっと子どもっぽくて、線の細い身体だけれど、信念はブレず自分のやりたいことに一直線に突き進み、かつとても「今どき」な人。
良く言えば集中力がものすごくて、悪く言えばとてもわがままな人物だ。

「平成くん」の生き方は、自由で賢くてとてもわかりやすい。

安楽死と突然言い出したのにも彼なりの理由があった。「平成」という名前を持ってしまったがために今ではメディアに引っ張りだこだけれど、平成が終わると決まり、これからの生き方を考えて彼は安楽死を決意したのだった。

この物語では日本で安楽死が認められた設定になっている。
「平成くん」は来るべき日に備えて安楽死の取材を申し込む。数々の事例を集めながら最適解を判断しようとする彼に、恋人の愛は彼への反発と悲しみとやるせなさでいっぱいになってしまうのだった……。

安楽死の取材や愛との話し合いを経て、「平成くん」は自分の最適解を出す。それはとても彼らしいもので、愛は納得できないながらも受け入れるしかないのだった。

この物語は安楽死というファンタジーな設定をはさんでいるが、法律で認められるまでの描写がものすごくリアルで、ゆくゆく本当に安楽死が認められるようになるのではないかと思った。

読みながら「平成くん」の暮らしをなぞると、平成を席巻する有名人や平成が生み出した便利なモノが続々と出てきて、ちょっとした平成の振り返りができる。

けれど「平成くん」の生き方がそのまま「平成を象徴する」と思われては困る。
「平成くん」は賢すぎるのだ。自分の未来をある程度正確に予測して、未来の自分が絶望してしまうことまで考えた上で行動を起こす。

未来がはっきり予想できてしまうと人は頑張れなくなると佐藤航陽『お金2.0』で読んだけれど、まさに「平成くん」はその状態に陥ってしまっているのではないか。

凡人のわたしは全くついていけなかった。
けれど、近い未来にありえそうな物語で、わたしの背筋を凍らせた。

もし身近な人が安楽死を望んでいたら、わたしはどうすれば良いかわからない。
きっと何もできず、絶大な悲しみに打ちのめされながらどうか幸せでありますようにと祈ることしかできない。

『平成くん、さようなら』を読み終えたのは昨日で、冷え込みのきつい日だった。
「平成くん」の選んだ答えにさらに寂しさを覚え、いつも以上に温もりが欲しくなった。