こないだ群像10月号を買い、紗倉まな「春、死なん」を読みました。


紗倉まなさんと言えば、日本中の男性で知らぬ者は居ないだろうお方。おそらく女性もたいていの人は知っています。たぶん。


紗倉まなさんは「紗倉まな」という存在自体がブランド化した稀有な人間です。

本職だけでも相当上の地位におられるだろうに、2016年に『最低。』KADOKAWA小説家デビューされ、このたび「群像」10月号で文芸誌デビューを果たされました。

 

わたしはぶっちゃけて言うと、なんで紗倉まなさんが文芸誌デビューしちゃったんだろうと思いました。


いいかげんにしろ、と思いました。


紗倉まなさんは、可愛い。可愛くて、ご自身が天職とおっしゃる本職でもトップの地位におられ、その他数多くのメディアやイベントに出演され、多方面活躍されています。


それだけでもあまたの人間から嫉妬の目で見られるだろうに、今回はなんと文芸誌デビューいったい紗倉さんはどれだけ人間の嫉妬を集めれば気がすむのだろうと思いました


そもそも可愛いだけで1000嫉妬(勝手に作った単位)なのに、本職で活躍されて2000嫉妬、その上文芸誌デビューで8000嫉妬です(数値はわたしの独断と偏見が多分に入っています

もしツイッターに「いいね」のとなりに「嫉妬」があったら何十万嫉妬になるかわかりません

 

……うだうだと嫉妬の話をしましたが、要するにわたしは紗倉まなさんの才能に打ちのめされたのでした。

可愛くて、若いのに、書けるだなんて。すごすぎるだろ、と呆然としました。

 

「群像」10月号には川上弘美さんや佐藤優さんなどの重鎮に並んで紗倉さんの創作載っていました


原稿用紙120枚中編小説くらいの文章量です。読む前は、どうしても紗倉さんの本職と物語を紐づけて「こんな物語かしらん」とあれこれ想像しましたが、物語はわたしの予想をまったく裏切るものでした。

 

紗倉まな「春、死なん」は、二世帯住宅で暮らす70歳の老人・富雄の物語です。


妻とは6年前に死別し、いまはひとりで生活しながらのんびりと余生を送っています。基本的には一人暮らしだけれど、二世帯住宅のため何かあれば息子夫婦が面倒をみてくれるという生活は、まわりから見るととてもありがたい環境にいるのだろうけれど、富雄はいつも心のどこかに虚しさを抱え、それを埋めきれずに悶々と過ごします。


そしてあるときから目にもやのようなものが見えはじめ、病院にかかるものの原因がわからず医者は取り持ってくれない。富雄は自分の身体に起きた異変を感じながらも死別した妻のことを思い、息子とその妻のことを思い、両者とのわだかまりに煩悶とし、未だ衰えぬ性欲に呆れ、人恋しさにふさぎこむのでした……。

 

とても素敵な物語でしたが、まずは中編小説を書ききる筆力に圧倒されました。まず、普通のひとはいきなり120枚(だいたい43000字以上)も書けません。わたし自身が書く修行をしているからこそ心を込めて言います。書けません。だから書いているだけですごいです。(処女作『最低。』は10万字はありそうです。いきなりそんなに書けません)


きっと日頃から書いていて、書く筋力がじゅうぶんにあったのだと思います。それが本職じゃないなんて。忙しい合間を見つけて書いたのかなぁ。すごいなぁと思いました。


そして20代の女性が70代の高齢者物語の中心人物として描いたということもすごい。わざとらしくなく、自然で、かつ妻と死別したもの悲しさと息子夫婦とも絶妙な距離感が巧みに描かれていて読みながら「うまいなぁ」の連発でした。


わたしもときどき小説めいたものを書くので、紗倉さんの書き方ひとつひとつが勉強に刺激になるのでした。

 

そして「春、死なん」の物語自体は、わたしが持っている先入観をゆっくりと剥がしてゆくようなものでした。


AV女優こんなことを考えているはずだ、70代のおじいちゃんなら何もかも枯れ果てているはずだ、二世帯住宅で暮らすのだからおじいちゃんは気楽に生きられるはずだ……そんなわたしの浅ましい先入観を肉厚な中編小説によってぺりぺりと剥がされ、恥ずかしさなのか富雄のさみしさに共感したのか読みながら胸がきゅうと痛んだ物語でした。

 

わたしは紗倉まな「春、死なん」を読んで、紗倉さんの才能発揮しすぎだろ、もう勘弁してくれ、と思いました。今日は嫉妬に打ち震え、若き才能に打ちのめされた一日になりました。

つまり素晴らしい作品でした。

 

最後に、ツイッターで読み終わった直後の感想を引用します。



 


ご本人にリツイートいただけて大変光栄でした。ありがとうございました。



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(9/25追記)


その後、なんとありがたいことに、ご本人から感想文の感想をいただいてしまいました…(°_°)!

読書感想文のスタンスとして、なるべく「作品それ自体の感想を述べる」ようにしているのですが、紗倉まなさんの場合はネームバリューがものすごいので、作家さん自体の感想のウエイトが大きくなりました。一晩経って、あぁもう少し作品のことに触れておけばよかったなぁと思ったので少しだけ追記します。


「春、死なん」が掲載されているのを知ったのは本屋さんで。ちらっと書き出しを立ち読みしてすぐに「買おう」ってなりました。


「富雄の瞼が男の細い指で思い切り引っぱられた。(中略)「つるんつるんの、綺麗な角膜ですよ」五十代前半だろうか、医者の男は大きく頷きながら、そう言い捨てた。」(74頁)


…どんな物語になるのかまったく想像つかない書き出しに無性に心惹かれ、すぐに買って一気読みしたのでした。


あらすじは書いたとおりですが、ところどころに秀逸な表現があり、わかる、と自然と頷いてしまうところばかりでした。


好きな箇所を少しだけ引用します。


「我儘な顔というものを説明することはできないが、賢治にはどこかその言葉がぴったりとはまる。専業主婦になってからしばらく妊娠できなかった喜美代が、思い詰めて不妊治療を考え始めた矢先に授かった待望の命が、賢治だった。(中略)

異性にとりわけ受け入れられる甘ったるさを備えた賢治は、生まれたときから変わらず、不思議と人の視線を惹きつけた。どこに行っても誰かが手をうっかり差し伸べ、うっかり愛し、最後はうっかり被害にあうのだ。」(94頁)


ラストの“貝”の描写も秀逸でした。


これからの作品も楽しみにしたい作家さんがまたひとり増えたのでした。