「愛とお金どっちが大事だと思いますか?」
「あしながおじさん」を読んで、就活本に載っていた面接の質問を思い出した。
 
わたしはこの質問に迷わず「金」と答える人間だ。
28年生きてきて、それなりにお金には困ってきたほうだ。
ブログに何度も書いているのでしつこいかもしれないが、わたしは大学の学費が払えず住み込みで新聞配達をしながら学校へ行っていた。
それでも足りず、奨学金を借りながら東京で暮らした。
 
社会人になったと同時に返さなきゃいけない奨学金の額面を見て白目をむいた。
もちろん、いまもせっせと返済中で、返し終わる頃にはわたしはりっぱな中年のおばはんになっている。まだまだ遠い先の話だ。
 
……とつい不幸自慢がはじまってしまうくらいお金が大事だと思っている。
お金がないと愛する余裕がなくなってしまうのではないかと思うのだ。
 
ここで「愛」だと言い切れる人は、きっととても強い人なのだと思う。
お金があればいろいろ楽に生きられる。わたしは甘ったれた弱いやつだと自覚している。
 
「あしながおじさん」はこの質問に「愛とお金どっちも大事だ」と答えているような物語だ。それじゃあ質問の答えになっていないのだが、そう言いきる力を感じた物語だった。

物語の主人公はみなしごの少女・ジェルーシャ・アボット。通称ジュディ。
孤児院で17歳まで暮らした彼女はある裕福な紳士の厚意により、大学の学費と生活費を工面してもらい学校に行かせてもらえるようになる。

紳士の頼みはただひとつで、ジュディが紳士に宛てて自分の生活をつづった手紙を書くこと。
ジュディは勉強ができる子で、とくに文章がとてもうまかった。ジュディは大学でも文才を認められ、脚本や文筆活動にいそしみつつ、こまめに紳士に手紙を書く。
けれどジュディは紳士の名も姿も知らず、唯一知っているのは背の高さがよくわかる後ろ姿だけ。ジュディは手紙を書きながら「あしながおじさん」に想いを馳せるのだった……。
 
「あしながおじさん」は手紙形式で物語が進む。もちろんジュディが紳士へ宛てたもので、ジュディはユーモアやちょっとの毒をまじえながらことこまかに大学生活をつづる。
しかし紳士からの返事はない。そういう決まりになっているのだ。必要に迫られたときだけ、秘書を通してやり取りが交わされる。
ジュディはありがたく厚意を受け取りながらも、見えない相手への想いが募ってやまないのだった……。
 
ジュディは孤児院の暮らしでとても苦労してきたから、大学での勉強がとてもうれしく、どんなことも人一倍吸収する。

1年目は世間知らずなためにいろいろ失敗したけれど、2年目には成績優秀者に与えられる奨学金をもらえるまでになる。

苦労を知っているからこそ、苦労のない生活がとてもまぶしくきらびやかに感じ、学問に対しても一生懸命になれるのだろう。

その気持ちはよくわかる。日常のありがたさを噛み締め、日々さぼらずに努力するジュディはとてもまぶしくて、生きる力強さを感じた。

物語内でわたしの胸に響いた一節がある。
 
スティーブンソンのこの一節はすてきな考えだと思いませんか。
 
世界にはとてもたくさんのものがあふれている。
われわれはみな王のようにしあわせであるべきだとわたしは思う。
 
ほんとうですね。世界はしあわせにあふれていて、自分のほうに来たものを受け取る気持ちさえあれば、みんなにゆき渡るほどたっぷりあります。心がしなやかであること、そこにすべての秘密があります。それに田舎は、楽しいことがたくさんあります。わたしはだれの土地でも歩けるし、だれの土地からでも眺めを楽しむことができるし、だれの土地を流れる小川でも水遊びをすることができます。しかも、まるで自分の土地であるかのように楽しんでも、税金を払わなくていいのです!
(159頁)
 
「税金」の部分がお金に苦労してきたジュディらしくておもしろい。

いまわたしは社会人になってそれなりに経済的に余裕がでてきた(返済はあるけど)のだが、たまに自分は思い上がった態度をとっていないだろうか? とヒヤっとすることがある。
誰かに対して思い上がった態度を、というよりは、生きる姿勢みたいなものに対して。ナメた生き方をしているというか。
 
ジュディの一生懸命な姿を読んで、もっと自分に真剣になろう、と思わせられた。
 
そしてこの物語の魅力はなんといっても最後。
読者をほっこりさせる仕掛けがあって、「なんかいろいろできすぎだけど、いい小説だ!!」と思わせられた。笑
最終部は慈愛に満ちていて、わたしもこんな風に愛情に満ちた人生を送りたいなと素直に思った。
 
とても素敵な、これからも大事に読んでいきたい一冊だ。
わたしも数年後くらいには「愛とお金どっちも大事だよ」とにこやかに答えられる人になりたい。