歌人・穂村弘さんのゆるゆる食エッセイ。

なぜか一日ファスティング(断食)中にこのエッセイを読み進めてしまい、一度読むと最後まで読み通さないと気がすまない謎の頑固さが発動し、謎に自分を追い込みながら読んだ(ファスティングは無事にやり遂げられました)。

 

本書はNHK「きょうの料理」のテキスト本に収録されたエッセイらしく、日常のごはんについて語ったものや、子どものころに好きだった懐かしい味、「平成生まれ」との味覚のギャップ、新しい食べ物への抵抗感などが語られている。

 

穂村さんがやたら「平成生まれ」に敏感なのはなぜだろう、と思い奥付けを見る。本書は2011年刊行なので、あぁ、ちょうど「平成生まれ」が社会に出始めてチヤホヤされていたときだからか、と少し懐かしくなった。


もはや平成も30年経ち、数年後には「2000年生まれ」が社会に出てくるのだが、そのころ穂村さんはどんな気持ちになるのだろうとふと思ったジェネレーションギャップに耐えられず爆発しちゃうんじゃないだろうか。

それぐらい「平成生まれ」のギャップに恐る穂村さんの「念」が込められていたし、逆に穂村さんは自分の「昭和舌」にどこか誇りを持っている感じもした

 

何はともあれエッセイ自体はゆるゆるでおもしろい。エッセイのタイトルが「生牡蠣の微笑み」「ヴィンテージ・ケロッグ」「小腹の罠」などタイトルだけでどんなエッセイか想像してニヤニヤできる。


そして中身もゆるゆるぐだぐだでおもしろい。なんだろう、このゆるさ、ひさしぶりに実家に帰省して、やることもなくひたすらリビングでだらだらしている時のような、懐かしい心地よさがあった。

 

そしてこういう食エッセイを読むたびに、自分の食の嗜好について振り返る。

たまたまエッセイ内にも「昔も今も好きなもの」「昔は好きだったけど今は嫌いなもの」「昔は嫌いだったけど今は好きなもの」「昔も今も嫌いなもの」の四分類について考えるものがあり、わたしの場合はどうだろな〜、と自分の場合に置き換えて考えてみた。

 

・昔も今も好きなもの

フライドポテト、甘えびチーズケーキジンギスカン。北海道出身なので名物多め。


・昔は好きだったけど今は嫌いなもの

じゃがバター、冷やし中華、ツナマヨ、肉巻きポテト(冷凍食品)。ちいさい頃に食べすぎたから。あと太るから。


・昔は嫌いだったけど今は好きなもの

ピーマン、ブロッコリー、魚料理牡蠣、レバーどて焼き、おでん、酢の物。お酒のおつまみにちょうど良


・今も昔も嫌いなもの

カニ、かにみそ、うに、ほたて。どれも生臭いから(そんなことない! という異論は認めません。でも牡蠣は好きという矛盾

 

昔と今で嗜好が見事にのんべえ仕様に変化したことがわかった。あとちいさい頃にデブだったことがバレそうだ学生時代はよく肉巻きポテトに白いごはんで食べたっけなぁ。食べ盛りか。ただのデブでした

 

あと、ものすごく共感したのが「聞かれることがわかっていながら毎回即答できない」、「好きな食べ物は?」という質問。

うわぁこれめっちゃわかる……とうなずく。


しいて言えばフライドポテト? でも人に言うとナメられそう(子どもっぽいから)。気取りたいときは、なんだろう、パクチーサラダ? ちょっと気取りすぎか。バターチキンカレーとか? いやでもカレーあんま食べないからなぁ(太るから)……。


しか最近一番多く摂取しているのがゆで卵とにんじんだ。減量中のボクサー? 馬? ただの健康志向のアラサーなのだが、「自分が一番好きな食べ物を噛み締めて味わう」ことが減ったことに、少しさみしく思う

まぁ酒はがぶがぶ飲んでいるからそうでもないかもしれないが。でも今度実家に帰るときには地元の居酒屋で北海道産のじゃがいもを使ったフライドポテトを食べようと思った。嚙みしめる」経験をしようと思った

 

食エッセイの良いところは、こんな感じですぐに自分の場合に置き換えられるところだ。

自分の場合に置き換える楽しさは、恋愛シミュレーションゲームのそれと同じだと思う。自分の好きなものを選んで、自分勝手にきゅんきゅんする。そういう楽しみもあっても良いと思えるのがこれまた心地よい。

 

本書はライティング・ゼミの方におすすめいただいたものだが、穂村弘さんの本ははじめてだった。同じどさんこ(北海道出身)みたいだし、もっと早くから読めばよかった……と後悔した作家さんだった。

 

ぐうたらしたいときにおすすめしたい、癒しの一冊だった。