メゾン刻の湯 メゾン刻の湯
 
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最近、人生を“洗濯”にたとえるのが気に入っている。

一昨年まで激務な部署にいたときは、全自動洗濯機でぐるぐる振り回されていたような感じで、周りを見る余裕がなく、とにかく疲れていた。

この部署には合わないと思って異動願いを出し続けて、一昨年の夏に東京に異動になった。

 

移動先の部署はクリーニング店みたいで、いつでも回せる洗濯機とは違って“営業時間”が決まっていて、丁寧な対応をしてくれる部署だった。

洗濯機みたいな部署を出て思ったのは、わたしは「手洗い」のニットみたいな存在だったのかな……ということだ。

 

間違って洗濯機に入れちゃって、のびたり縮んだりしちゃって。

安いニットだったらネットに入れてまわしちゃうこともあるけれど、洗濯機にかけているうちにどんどんくたびれてくる。

わたしはそんな感じだったのかな。

今は、洗濯機に合わせられなくて悪かったな、と恨み半分、合わせられなかった悔しさ半分の気持ちでいる。

 

小野美由紀『メゾン刻の湯』は、わたしのたとえで言うと、昔ながらの「洗濯おけ」を舞台にした物語だ。

東京の下町にある銭湯「刻の湯」は、ちょっと不思議な人たちが集まって、住み込みで営業を続けている。

「刻の湯」店主の戸塚さん、まとめ役のアキラさん、義足の美容師の龍君、ベンチャー企業で働くまっつん、奇抜なファッションだが引っ込み思案なゴスピ。

みんながどんな人たちで、どんな理由でここに来て働いているのかわからない。

わかることは「刻の湯」では働く代わりに居住部分にタダで住めるということ。

この物語の主人公は、就活に失敗して「刻の湯」にたどり着いた22歳の青年・湊マヒコだ。

 

「刻の湯」は創業100年を越える歴史ある銭湯だが、営業は楽じゃない。昔ながらの銭湯は年々減る一方で、維持費用もバカにならない。

マヒコは幼なじみの蝶子に連れられて「刻の湯」にやってきたが、アキラさんの一言に絶句する。

 

「君だろう。そこそこの大学を卒業したにもかかわらず、就職できなかったっていうトーヘンボクは」(16頁)

 

アキラさんが言うには、「刻の湯」には、社会からすこしはみ出た人が集まって、住み込みで働いているらしい。そして、マヒコはその資格を満たしているようだ。

無職のマヒコはアキラさんの一言にカッとなるが、図星のため何も言えない。家賃タダというありがたい条件に引き寄せられ、とりあえず「刻の湯」で働くことになったのだが、「刻の湯」の日常はちょっと不思議なことばかり起こるのだった……。

 

『メゾン刻の湯』を読みながら、わたしは「刻の湯」はハイテクな現代の洗濯機とは違って、昔からあって、手間がかかって、でも人の手の温もりを感じられる「洗濯おけ」みたいだな、と思った。

 

綿100%の服があれば、ポリエステル、アクリルなどいろんな素材が混じった服もある。

人だって同じだ。この物語では洗濯機という「社会」に合わせられなかった人たちが、「刻の湯」という「洗濯おけ」で丁寧に洗われ、元気や勇気を取り戻していく……。

 

「洗濯おけ」もいいなぁと思うけれど、わたしは「洗濯機」の便利さにかまけて、クリーニングよりも手頃で、ちょっと手間がかかるけれど服を大事にできる「洗濯おけ」があることをつい忘れてしまう。

 

これって、人への態度も同じなんじゃないか?とふと思う。

余裕がない時は自分のこと以外見えなくて、近くにいる繊細な人をつい見過ごしてしまったり、面倒くさい人にイラついてしまったりする。

わたしは、そういう人の気持ちを思いやることもなく、つい無遠慮な態度をとってしまっていないだろうか……? 

そう思いめぐらせながら読むと、物語は思った以上に現代的な方向に進んでいって驚く。

そしてあっという間に読み終わってしまった。

 

「刻の湯」は、どんな人間も受け入れ、彼らの溜まったアカを洗い流してゆく。

「洗濯機」が無いと困るが、昔ながらの「洗濯おけ」も欠かせない存在だと分かった。

そして「洗濯おけ」は手間がかかるけれど、手洗いした服は洗濯機で洗った服より愛着が湧き、大事にするだろう。

 

わたしもいろんな服を、いろんな人を大事にできる人間になりたいなぁ。

 

小野美由紀『メゾン刻の湯』はわたしにそう強く思わせる、優しくて温かい物語だった。

 

昔ながらの「洗濯おけ」も良いよね……としみじみ感じた一冊だった。

 

 
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