書店に平積みされていた謎の一冊【文庫X】。
見た目はけっこう厚めの文庫本。500頁以上はありそう。中身は買わないとわからない。どうやら小説じゃないらしい。
「とにかく読んで欲しい」と書店員さんの熱い想いが書き込まれたカバーにただならぬものを感じる。書店員さんの几帳面そうな字体に、えんぴつで黒塗りされた背景もただならぬ雰囲気をより感じさせる。
 
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【文庫X】が話題になったのは2016年の夏。岩手にある「さわや書店 フェザン店」が始めたキャンペーンが話題になり、全国に広がった。
興味はあったがなんだかんだと理由をつけて読んでいなかったが、今日やっと読んだ。
 
なんでもっと早く読まなかったんだろうと後悔した。
 
 
1979年から1990年にかけて栃木・群馬の県境で発生した5件の幼女誘拐殺人事件。
その犯人とされていた人は冤罪だった。そして【真犯人】とされる人物も特定されている。
それなのに、未だに真犯人が捕まらない…。
 
日本テレビの報道記者である著者は、この事件を10年以上を費やして取材・報道し、“日本を動かす”ために尽力した。
5件の事件はいずれも県境の渡良瀬川近辺で起こっていたが、単独事件として扱われていた。「足利事件」という名前に聞き覚えのある方が多いのではないかと思う。
清水記者は「足利事件」の取材を続けるうちに、渡良瀬川近辺で起きている幼女誘拐殺人事件は同一人物による犯行であり、「足利事件」の容疑者として無期懲役判決を受けた菅谷利和さんは「無実」だと考えるようになった。
 
菅谷さんを容疑者とした証拠は自供とDNA型鑑定。一見、どちらも確たる証拠のようだが、自供は警察に強要されたものであり、DNA型鑑定も不鮮明なものだったのだ。
 
清水記者は菅谷さんの無実を確信し、DNA型鑑定の再鑑定と再審請求のために奔走する。しかし、警察と裁判所という二大国家権力の壁は恐ろしいほどに高く、清水記者は菅谷さんへの面会すら果たせないのだった…。
 
本書で細かく書かれているので割愛するが、その後、清水記者の執念が実り、菅谷さんは釈放された。
最高裁の判決を覆したのは前代未聞のことだった。菅谷さんが逮捕されてから、釈放されるまで18年の月日が経っていた。
 
しかし、清水記者のジレンマはここからさらに強くなるのだった…。
 
読了直後の感想は「こんなことがあっていいの?」だった。
とにかく悲しく、悔しい。これらの感情が身体中を巡るばかりで、この一言しか出てこなかった。
 
殺人犯はそこにいる。
卑劣な犯罪を何件も犯しながら、今でものうのうと生きている。
また同じような事件を起こすかもしれないのに、菅谷さんは無実だとわかったのに、再捜査はされず、野放しにされたままだ。
 
菅谷さんは釈放されたけれど、18年の月日は戻らない。
真犯人が捕まらないまま、遺族の想いはどこにもやり場がない…。
 
本書を読んで、たとえ多くの立派な人が関わる機関であっても間違うことがあるということと、大きな組織の「正しさ」を鵜呑みにすることの危うさに気付かされた。
そしてわたし自身の「善意」や「良心」というものが試されているように感じた。
 
北関東に縁は無いから、当事者じゃないから、読みながら苦しく思いつつも結局わたしには関係ないことだと思い、この本を閉じたら事件のことなどすっかり忘れてしまうのではないか?それでいいのか?
 
とは言えわたしに何かできることはあるのか?
そんな問いで頭がいっぱいになる。
 
わたしにできることは、考え続けることだ。
まわりを良く見る。ささいな「違和感」を放置しない。善意や良心を失わず、怪しい人間から自分と大切な人の身を守る努力を怠らない。
そして、声を上げるべき時は勇気を出して声を上げる。
このことを肝に銘じようと強く思った。
 
清水記者は現在もジャーナリストとして力を尽くし続けている。
 
 
まさにその通りだと思う。本書には「でたらめな人間、嘘つき、そそっかしい人」に翻弄された人々のやり場のない怒りが込められている。
 
この不条理は、理不尽は、今でも続いている。
とにかく読んでほしいと言う書店員さんの気持ちがよくわかる。
忘れられない一冊になった。
 
【文庫X】について詳しく書かれています↓
 
 
本書でも一部登場する「飯塚事件」。この事件もDNA型鑑定によって犯人が特定されたもので、容疑者は無実を訴えていた。2006年に死刑判決、2008年に執行された。
このニュースはとても後味が悪い…。残念でならない。