この日を待っていた。
『彼女失格』を読んでから、松さんの軽妙な文章と人間性に惹かれていた。
新刊が出たら真っ先に読むぞと意気込み、いま読み終えて放心している。
 
松さんの文章には「生きる」の三文字では収められない凄まじい"執念"が込められている。
何の執念かというと、死にたくないということはもちろん、「がん患者だから」とその後の人生を諦めないという「人生」への執念だ。
 
29歳で乳がん罹患というこの上ない不条理に加え、長年寄り添った恋人との別れ(しかも浮気が原因)を乗り越えた(詳しくは『彼女失格』を参照)松さんは現在、客室乗務員としてバリバリ働いている。
さらに、『彼女失格』を読んで松さんに惹かれたという男性に出会って3度目にプロポーズされ、めでたく結婚したのだ。
 
本書は『彼女失格』の後日談かつ闘病中・病後の社会との「違和感」「嫌悪」にスポットをあてた一冊だ。壮絶すぎる闘病経験に裏打ちされた社会の容赦なさ、好奇心だけで他人の傷をえぐる人間のデリカシーのなさが露見していて耳の痛い一冊だった。
 
わたしはがんの罹患経験はないが、親戚をがんで亡くしている。最近区役所からがん検診の案内が届いたこともあり、20代でも発症可能性のあるがん情報リテラシーを高めようと意識している。
 
20代後半は「女子」の終わりの時代でもある。わたしは25歳を過ぎた頃から「女子」だなんて思っていなかったが、ひそかに「女子」的な甘えが自分に残っていたことを本書で思い知らされた。
 
「日本の女子のお家芸、不出来や不慣れ、頭の悪さを可愛げと見なしてもらえる「若い」時間がもう間もなく終わる。わたしにしかできないことを身につけなければ。替えが利かない人間にならなくては。誰のためでもなく、自分のために。しかもそれは、急務だ!」(92頁)
 
うっ、仰る通りです…。うだつの上がらない27歳こじらせ「女子」のわたしは一喝された気分になる。松さんはそう思った矢先に乳がんに罹患した。これからキャリアを積み上げていかねばならない緊張と不安な時期に追い打ちをかける乳がん罹患は、松さんを覚醒させた。だって、やるしかないのだから。
 
松さんは治療と仕事を必死に両立した(詳しくは『彼女失格』を)。松さんの場合はそうせざるを得ない状況だったが、業務に没頭することで気が紛れ、さらに給料も貰える仕事と治療を両立することで自分の心が救われることもある。
わたしもいざとなった時、親や恋人に頼るだけでなく自分の足で立っていたい。愚痴をこぼすことも多々あるが、やはり仕事は自分のプライドを守ってくれる。
 
本書は病後のキャリアだけでなく、がん患者の結婚事情・妊活事情にも深く切り込んでいる。松さんは患者会を通して知り合った方に取材し、かなり赤裸々に語り合う。
闘病後に結婚した人もいれば、離婚した人もいる。離婚エピソードはがん患者でなくともヘビーな話題だが、がんという大きな壁を前に夫婦のバランスが崩れ行く悲しみは計り知れない。
 
また、松さんの妊活エピソードも切ない。あることを疑わなかった可能性が思いがけない不幸で損なわれたり脅かされたりすることの精神的ダメージはかなり大きく、あらゆる可能性を検討し、最善を尽くしてほしいと切実に語る松さんの言葉にわたしは「分かりました。」と心の中で答え、深く頷いた。
 
若年性がん経験者は、当事者でないわたしが形容してはならないほどの痛み・苦しみを抱えて生きている。そして社会の不条理さと真正面からぶつかり、立ち向かってきた。
下記の引用が強く印象に残る。
 
「松さんは、書き続けた方がいいですよ。乏しい知識で『がんで可哀想』とか妙に同情してくる世間の人たちや、『それでも私たち、前を向いて生きていきます』とかやたらキラキラしたがる乳がんの女たちに知らしめてくださいよ。別にがん患者は聖女でもないし、社会悪でもなくて、あなたと変わらない普通の人間だって」(197頁)
 
人生何が起こるかわからない。わたしは社会の不条理さを知っているつもりでいたが、まだまだまだまだ甘ちゃんだと実感した。
将来設計を本気で考え、危機管理をし、自分の身の守り方を心得る。これからは社会に翻弄されて傷ついている暇も若さもない。
松さんは世間の偏ったイメージに「ふざけんな」と舌を出しながら、社会にピントを合わせてちゃんと力強く生きている。彼女のように力強く生きたい、と心から思った。
 



20代後半女性は読むべき一冊。将来設計を本気で考えるきっかけになるはずだ。