未読作品が多い文学部出身者としてはこうした選集はとてもありがたい。
漫画家・安野モヨコが挿画を描いた、文豪たちの「女心」についての物語選集。

以下、備忘録として簡単なあらすじ。

岡本かの子「桃のある風景」
肉体的・精神的とも言えないなにかの「あこがれ」が不足している。
多感な時期の「私」は「あこがれ」を満たすため、川の近くの桃林で桃の香りと色と雨の雫の音を聞き、五感を桃林に沈みこませる…。
 
岡本かの子「快走」
着物の縫い付けで肩が凝る…。日々の生活に追い立てられ窮屈な思いをしていた道子は、誰もいない多摩川脇の草原で思い切り走るのをひそかな楽しみにする。女学校時代にランニングの選手だったこともあり、道子は走る快感に胸を躍らせる…。
 
芥川龍之介「葱」
神保町周辺のカッフェの女給・お君さんの話。お君さんは、色白で器量も良く、西洋の芸術を好み、趣味の合う異性に恋をする。芸術や恋愛は、日々の生活感から逃れる最良の手段。しかしある日お君さんはデート中に特価で売られる葱を発見してしまい…。
 
川端康成「むすめごころ」
静子さんがとても可愛く愛おしいから、私が同じく愛する武さんと結ばれて欲しいの…。
静子の親友・咲子が書いた複雑な「むすめごころ」を吐露した手紙。
 
芥川龍之介「あばばばば」
保吉は学校の往復の時に必ず立ち寄る店がある。煙草とマッチ、鎌倉のハム、金銭サイダァ、アメリカの乾し葡萄、燻製のニシン、Drosteのココアなどが置いてある店内は不愛想な主人か物慣れない態度の女が店番をしている。保吉は女の初々しさに好奇の目をもっていたが、女はいつの間にか子をあやす母に変化していた…。
 
有吉佐和子「地唄」
日本とアメリカのハーフの夫と結婚するため、父であり三味線の師匠でもある菊沢寿久翁に勘当された。三年会わないまま、娘の邦枝はとうとうアメリカ移住が決まり、父との再会と最後の演奏を聴いてもらおうとする…。再会と別離の物語。
 
円地文子「耳瓔珞」
表題作。命にかかわる病気のために「女の生理を根こそぎえぐりとってしまっていた」滝子は、なくなった部分を埋めるようにアクセサリー問屋の商売をてきぱきこなす。夫との関係も冷え、妻よりも商売人として生活をしていたが、滝子は耳瓔珞を作る次郎を誘惑したくなる思いに駆られるのだった…。
耳瓔珞(ようらく)とは、耳につける瓔珞(貴金属や珠玉を連ねて作られた装身具・仏具)で、現代で言えばロングピアスのようなもの。
 
白洲正子「佐々木のおはるさん」
生粋の祇園育ち、白樺派の文豪や政治家にも可愛がられた「佐々木のおはるさん」がこの夏突然亡くなったという。美人であるのにどこか涼しげで、欲も無い。今はただ彼女のさっぱりとした気性やたたずまいを思い出すばかりなのだった…。
 
織田作之助「蛍」
家族に恵まれず、諦念を持って生きるようになった一人娘の登勢。嫁ぎ先の伏見では姑いびり、潔癖症の夫との生活に追われる。子どもを持ち喜びに沸いたのもつかの間、さらに不幸が降りかかる…。登勢の諦念は蛍の光のようにほんのりと登勢の心の底にあり続けるのだった…。
 
川端康成「神います」
温泉の湯殿の中で「彼」は鳥屋の夫婦と偶然出会う。夫は以前から顔なじみだが、妻はよく見ると五六年前に彼が「傷つけた」少女なのだった。彼は恥ずかしさに息苦しくなるが手足の不自由な妻を愛撫する鳥屋の姿に彼は自分の驕りを感じ、「神います。」と呟くのだった…。
 
女性には男性には無い「色」が沢山あるのだ、とこの物語群を読んで思う。
女性の繊細さ、しなやかさ、妖艶さ、感情の奔放さ、したたかさは文豪たちの手によって色彩やかに描かれるのだが、「色」の予想以上の豊かさに驚いた。
「快走」と「葱」がお気に入り。生活と理想のはざまで揺れる様子、彼女たちの奔放さと真面目さを併せ持つ一面に「女っぷり」を感じた。
 
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耳瓔珞っぽいピアス。片方無くしてしまった…
 
※余談ですが「女っぷり」という言葉はファッション誌「Marisol」を発行する集英社が2015年に商標登録しているようです。