かわいそうな子たち。
わたしを離さないで。
この物語を読み終えて、しばらくこの言葉が頭から離れなかった。
 
物語の舞台はヘールシャムという不思議な施設。施設は全寮制で、7歳ぐらいから16歳までの子どもたちが暮らしている。教師のような役目の「保護官」が施設を管理し、子どもたちは施設の外の世界を知らない。
 
施設内で適切な教育を受け、健康的な生活を送る大勢の子どもたちは、自分の将来を「教わっているようで、教わっていない」のだった。彼らが何のためにここで生活しているのか、彼らは何者なのか…。
 
キャシー・Hという少女の視点から語られる、ヘールシャムでの不思議な日常と、親友ルース、トミーとの長くて深い関わり。わたしたちは何者で、わたしたちの「使命」は何なのか、幼少時代のキャシーの謎を共有しながら読み進めると、隠された残酷な真実はあっさりと明かされる。
 
「使命」を抱えて生きる彼らに、閉鎖的な世界だと思われていたヘールシャムは一番の自由だった。
大人になったキャシーは「提供者」の「介護人」という仕事をしながら当時を回想し、ルースとトミーへの湧き上がる愛情と逆らえない宿命を受け入れて静かに涙を流すのだった…。
 
あらすじはとても単純なものだけれど、真実が明かされるまでのキャシーの心情の変化と子どもたちの成長の過程がことこまかに語られるため、生まれながらに「使命」を持つ彼らに感情移入しないではいられない。
 
「提供者」の設定は、読む者の良心の呵責を掻き立てられつつも、彼らはこんな人生を送るのではないか…と想像を膨らませやすい。こんな物語世界も現実にあり得るかもしれない、と思える“想像の範囲内”だったのが、わたしにとって一番の恐怖だった。
さらにこの物語の罪深いところは、暗示するだけではっきりと語られないところだ。「使命を終える」ということがどういうことなのか、ルースやトミーがどうなっていくのかは読者の想像に委ねられ、良心の呵責を煽るのだ。
 
崔実『ジニのパズル』と同様に、どう捉えたら良いのか困った。
“想像の範囲内”と言っているわたしは、明らかに強者の立場でものを言っている自分で、彼らの気持ちの感情移入、共感なんて本当は出来なくて、ただ「かわいそうな子たち」と思うことしかしていないのだった。
「わたしを離さないで」というタイトルに、「使命」を持つ者がそうでない者にそう訴えかけているように感じ、胸が苦しくなるばかりだった。
 
なんて物語を生み出してくれたのだろう。
当たり前のことだが、想像に聖域は無い。好奇心の赴くままに想像を巡らせられる罪深さを実感しながら、想像をやめることができなかった。
 
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