| ナイルパーチの女子会 [ 柚木麻子 ]
1,620円
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「分かってほしい」
「認められたい」
この物語には、傲慢と自己顕示欲の怪物が登場する。
わたしはすっかり呑みこまれた。
読み終わった時、達成感的な虚脱ではなく、エネルギーを全部吸い取られて醜い部分だけむき出しにされて放置されたような、とにかく力が出ない…という気分になった。
これ以上わたしの醜い心を引き出されたくない。
本能でこの物語に深入りしたくないと思ったが、やめられない。
ドロドロした魅力に引き込まれて、いつの間にか読み耽ってしまった。
ナイルパーチは、白身魚のフライなどで使われるスズキ目アカメ科アカメ属の淡水魚。
他種を食べ尽くし、一つの生態系を壊してしまうほどの凶暴性を持つ。
この物語では、ナイルパーチの凶暴性になぞらえて、ふたりの女性の迷走と暴走が描かれる。
ひとりは大手商社に勤める栄利子。仕事にも美容にも手を抜かず、男性と肩を並べてバリバリ働いている。日々の癒しは、近所に住んでいるらしい同い年の専業主婦のブログ「おひょうのダメ奥さん日記」を読むことだ。
もうひとりは「おひょうのダメ奥さん日記」のブログ主・翔子。アパレル勤務だったが体調を崩し休職、結婚を機に専業主婦になる。のんびりマイペースな日々をブログに綴っているだけだが、肩の力が抜けた文章やときおり見えるセンスの光る言葉選びに多くのファンができていた。
立場も環境も全く異なるふたりだが、共通しているのは同い年であるということと、気を許せる女友達がひとりも居ないことだった。
ふたりはある日偶然近所のカフェで出会う。栄利子はお気に入りのブログ主と出逢えたこと、翔子は美人で仕事もできる優秀な女性がブログを気に入って読んでくれていることの喜びを感じ、意気投合する。
何度かお茶をする関係になり、ふたりは初めてできた女友達という関係に盛り上がるものの、つきあいを重ねるうちに彼女たちの本性があらわになる…。
一見ふたりとも社会とうまく生きているように見えるが、栄利子は潔癖気味で他者に価値観を押し付けるところがあり、翔子は他者とわかり合おうとすることを面倒臭く感じ、自分の心の内に立ち入られることを拒否してしまう。
次第に翔子は栄利子をうっとうしく感じるようになり、栄利子はあの時のような楽しいひと時を取り戻そうと躍起になる。次第にそれはエスカレートし、栄利子は暴走する…。
独身・実家住まいで何不自由ない暮らしをする栄利子と、既婚・専業主婦で安定した生活をする翔子。ふたりはそれぞれの環境に嫉妬していたのだった。暴走した栄利子に触発されるように翔子も少しずつ迷走し、ふたりの関係はより一層ねじれたものになっていく…。
この物語ではふたりの暴走劇を通して、誰もが持っている傲慢さと自己顕示欲を抉り出す。
相手にわかってもらいたいから自分の言葉を尽くす。
相手にわかってもらえないから関わりから一歩引く。
どちらもよくあることで、わたしたちは両方のバランスをとって社会とうまく生きていこうとする。
栄利子の暴走を見かねて職場の上司と同僚が栄利子をたしなめるシーンがあり、人間関係のバランスがとれないのは甘えであり傲慢だと栄利子を強く非難する。
栄利子の暴走は他者の人生を揺るがすほどの強烈なエネルギーを放ち、彼らは呑み込まれまいと本性をむき出しにして必死に抵抗するのだ。
傲慢さを指摘されるまで栄利子は自分を抑えられず、後に引き返せないところまで暴走してしまうのだった…。
「女の一瞬でもその場を楽しくする花火みたいな社交性が、楽天的な調子の良さが、次に繋がらないかもしれない小さな約束が、根本的な解決にはならなくても、実は通りすがりのいろんな人を救っているんじゃないのかな。(中略)
その一瞬だけでもう十分なんじゃないのかな」(350頁)
「女友達が欲しい」ただそれだけだったはずなのに、ふたりはどこで何を見誤ってしまったのか。
気を許せる親友、自分を高めてくれる仕事、30代の貴重な時間…。
エゴに無自覚な彼女達が失ったものはあまりにも大きすぎる。
凶暴で、残虐な、切ない物語だった。
