ステーキ&ハンバーグの店「ジュージュー」には、たくさんの悲しみと肉汁たっぷりのおいしいステーキとハンバーグがある。
 
主人公・美津子の祖父がはじめた洋食屋は、二代目の父からステーキとハンバーグしか出さないステーキハウスになった。
店名「ジュージュー」の由来は朝倉世界一『地獄のサラミちゃん』が大好きだった亡き母の影響だ。
 
「ジュージュー」は近所の人が常連でやってくる人気店である。それはハンバーグがおいしいのはもちろん、二代目の父と母が店をまじめにやり、上の空でものを食べることをせず、人生に行き詰まった人に優しくする、内面の綺麗さが滲み出た結果なのだった。
 
いまは父と三代目の進一と美津子で店を切り盛りしていて、父は悲しみに浸りながらひたすら肉をこね、美津子は母の面影を思い出してときおり切なくなる。
進一は遠い親戚で美津子の元彼だが、夕子さんという家から一歩も出ない幽霊みたいな女性と結婚した。進一の家庭環境は複雑で、月に一度進一の父がハンバーグとおこづかいをもらいにやってくる。美津子は進一と付き合っていた時、子どもができてしまい流産してしまった苦い過去がある。
 
美津子も父も進一も、それぞれが悲しみや苦しみや諦めを抱えて生きている。
救いなのは母がいなくなってもハンバーグの味は変わらず、父がお店をたたもうと思わなかったことだった。母が愛した「ジュージュー」を彼らも同じく愛し、必要としていた。
美津子は機械のようにてきぱきと店で働き、日常に悲しみを溶かし込んでいた。
ある日の運命的な出会いがおとずれるまでは…。
 
「私はママとけんかしたこともあった。もちろんあった。親といっしょに働くってとっても生臭いことだ。
でも、旅行に行ったり、けんかしてちょっと家出っぽくともだちの家に泊まったりしていると、いつでも耳の奥にあのジュージューいう音が聞こえてきた。(中略)
それを呪いとか執着とかしばられてるって思うのは、簡単だった。
でもあの音や湯気の中には何か特別にきれいな安らぐものがあるのだ。」
(64頁)
 
美津子にはきっと”心地よい呪い”にかけられているのだろう、と思った。
それをうらやましいと思いながら、その呪いをかけた母を喪った悲しみの重さに胸がふさがる。
悲しみの日常のなかで美津子にふとおとずれた運命的な出会いは、美津子にゆるやかな幸福を与えるのだった…。
 
よしもとばなな『ジュージュー』は、悲しみにくれる人々が少しずつ癒やされていく様子が描かれている。
彼らの日々は生臭く地味で淡々としたものだけれど、美津子の父はおいしいハンバーグをつくれればそれで良いと思い、進一は夕子とお店と美津子を守れればそれで良いと思い、美津子は愛するお店と愛した人と好きになれそうな人がそばにいるだけで良いと思い、彼らは彼らの悲しみを受け容れて、かけがえのないちいさな幸せを噛みしめるのだ。
 
「毎日同じ時間に起きて、林や森に飛んでいって、ごはんを食べて、また巣に帰ってすうすう寝るむささびのように、くりかえしの中にダイナミックな美を見つけて。心だけは、死んだママの声さえも近くに聞こえるくらいにとぎすまして。
そして来週もまたジュージューいう鉄板をだれかに運ぼう。」
(148頁)
 
地味でまじめで生臭い人たちの一途さをまぶしく感じた。
そして、やはりおいしいものはシンプルな正義だ、と思った。
おいしいものの身近にいたからこそ、彼らは心を落ち着かせて、正しい方向に心を導いていくことができたのではないだろうか、と思った。
悲しい物語だけれど、サラミちゃんとジューシーなハンバーグのおかげで気楽に読了できた一冊だった。
 
{15AEADBE-A6B9-446F-AAE3-386185A63009}

この世でいちばんおいしいと思っている、洋食屋サフランサフラン(京都・四条烏丸)のハンバーグが食べたくなった。