| 晩年の子供 (講談社文庫) [ 山田詠美 ] 496円 楽天 |
山田詠美作品は、わたしにとってひとかたならぬ思いがあるはずだった。
文学部に行こうと決めた『ぼくは勉強ができない』をはじめ、『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』、『放課後の音符』、『姫君』、『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』、『賢者の愛』などを読み続け、ほとんどの作品は読破している。新作を心待ちにする作家のひとりだ。
けれど、最近はそうでないらしい。
それを実感したのは、こないだ5年ぶりに文学部の後輩と会ったときだった。大学時代の思い出話から今の仕事の様子をざっくばらんに話すうちに山田詠美作品の話になり、『晩年の子供』の話になった。
…どんな内容だったかすっぽり忘れていた。
後輩が盛り上がるなか、どんな内容だったっけ…と言い出せず、気まずい気持ちでビールを流し込んだ。
あの時から、学生の頃のような文学への情熱はどこに行ってしまったんだろう、と考えるようになった。
あんなに時間をかけて読み込んだかけがえのない物語たちは、社会の荒波にのまれてどこかに消えてしまった。すごくショックだった。
学生の頃は文学に関わる仕事に就きたいと思っていたが、就職活動で挫折し、文学と縁遠い仕事に就いた。
慣れない仕事、社会の制約、予想以上の忙しさについていくのに必死で情熱を一旦置いておくのは仕方ないことだったんだと思うようにしているが、「本当にこのままで良いの?」とずっと問い続けているような、未練のようなしこりがずっと心の底にあるのを感じながらいままで過ごしてきた。
山田詠美作品を読むことは、この不純物を濾過する作業に近い。
『晩年の子供』を久しぶりに読んで、あの頃の情熱が少しずつよみがえってきた。
『晩年の子供』は、人間のさまざまな感情の萌芽をとらえた物語集だ。
8編のちいさな物語が一冊にまとめられている。もう忘れたくないので、長くなるがひとつずつあらすじを記していく。
「晩年の子供」
十歳の夏休み、あることをきっかけに「私」は晩年を迎えた。死を迎えるまでの六ヵ月間、「私」は死を受け入れる心の準備にとりかかると、急に周りの景色や感情がはっきり目に入ってくるようになり…。
「堤防」
運命には逆らえない。堤防から海に落ちた小学生の頃、そう確信した「私」はそれから能動的な姿勢をとることを一切やめた。変わっていると言われながらも貫き通した「私」の信念は、友人の一言でぐらりと覆される…。
「花火」
東京の一流大学に進学し一流企業に就職したにもかかわらず、二十八歳という若さでそれをなげうった年の離れた姉をもつ「私」。久しぶりに姉の様子を見に行くと、姉は男と愛し合っていた。姉の熱情にあてられた「私」は、幼少の頃の性の萌芽をふと思い出す…。
「桔梗」
七歳の「私」は、あるとき急に周りの景色が色づきはじめ、家の周りの豊かな自然と隣の家に住む女性・美代に夢中になった。美代は薄紫の桔梗の花のように、はかなげな美しさを放っていたからだ…。色彩豊かな、悲しい思い出の話。
「海の方の子」
転勤族のため、誰からも愛され、誰でも愛する能力を身に付けた「私」はこまっしゃくれた子供だった。しかし、何度目かの転校先で出会った哲夫はクラスの誰とも打ち解けようとしない。「私」は哲夫と接触を試みるが、哲夫に思いもしなかったことを指摘される…。
「迷子」
「私」の両親は、毎日のようにケンカと仲直りを繰り返す。隣の家のまり子ちゃんとめぐみちゃんの両親と比べ騒がしい我が家に嫌気がさしていたが、ある日隣の家に彼女たちの「妹」が突然あらわれる。「妹」をめぐり、「私」はこれまでわからなかった愛の複雑さを感じるようになる…。
「蝉」
蝉の鳴き声の主は、空虚だった。弟の出産のため、母のいない夏を過ごすことになった小学四年生の「私」は、制約の無いことの退屈さと孤独に耐えきれず、やり場のない苛立ちにかられるようになる。新たな命の誕生にどうしても喜べず、悶々とした感情はやがて憎悪に変わり…。
「ひよこの眼」
転校生の目に、なにか懐かしいものを感じた。「私」は相沢くんが転校してきた初日から、懐かしいものの正体を探ろうと彼の目を見続けた。懐かしさの正体は分からず、興味は次第に恋心に変わった。相沢くんと親しくなったころ、ふいに懐かしさの正体を思い出し…。
読みながら、自分の中から湧き出た衝動に驚いたり、周りの景色の色づきに素直によろこんだりすることなんて久しく無いないなぁ、と思い至る。
わたしはいつの間にか「大人」の側に立っていた。忙しさにかまけて『晩年の子供』で描かれたような感情の萌芽を見て見ぬふりをしたり押し殺したりしてやり過ごすようになっていた。
はじめはそれが社会ってものよと思っていたけれど、大人になって情熱や衝動が無くなったわけではない。やり過ごした感情は心のしこりになって、少しずつ溜まっていっただけだった。
情熱や衝動に素直にならなければ、人生はとてもつまらないものになってしまうだろう。
この物語はわたしの心のしこりを濾過して、わたしの「好き」を研ぎ澄まさせてくれた。
そして残った「好き」は次第に情熱になって、衝動を呼び起こすのだ。
これからはそれらを大事にして生きていきたい、と改めて思わせてくれた。
ここまで熱く語ってきたが、『晩年の子供』はたった200頁ちょっとしかないちいさな物語群なのだ。
ちいさな物語たちは、語り尽くすことのできない感情や衝動の萌芽を匂わせるだけだ。語られないからこそ、わたし自身の感情や情熱を呼び起こすことができたのだろう。
時にはこうした物語に触れて、語り尽くせないものに想いを馳せる時間が必要だ、と実感させてくれた一冊だった。
