こないだの休日はとても素敵なところに行ってきました。
西加奈子さんの個展です。
飾られているのは、昨年11月に発売した新刊『i』(ポプラ社)の装丁になっている西加奈子さん御本人が描いたアート作品。
千代田区・湯島駅から徒歩5分くらい。
廃校をリノベーションしたおしゃれなギャラリーの一角にあります。
綺麗なお花もたくさんありました。
ぐるぐる。ぐーるぐる。
肉眼で作品を観られてとても嬉しい。しかも写真OK。撮りまくりました。
色鮮やかな作品が大好きです。
観ているだけでわくわくした気持ちになりました。
興味のある方はぜひ!↓
西加奈子さんは、わたしの心にどんぴしゃに響くものをいつも生み出してくれます。
東京に居ると御本人に会えそうな気がしていて、もし会えたらまず何を言おうか決めています。笑
今日はそれくらい大好きな西加奈子さんへ感謝と尊敬の念を込めて感想文を書きます。
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西加奈子『i』(ポプラ社)
「この世界にアイは存在しません。」
主人公はワイルド曽田アイ。
アイは小さいころからずっと「ここに居てはいけないのではないか」という思いを抱えている。
アイはシリアで生まれ、日本人の母親とアメリカ人の父親から養子として迎えられた。
アイは「信じられないほどに恵まれた環境」(115頁)で育てられた。自分の複雑な出自と恵まれた環境は、戦争の惨禍、自然災害の脅威、世界の不均衡について常に自分自身に問うきっかけになった。
「この世界にアイは存在しません。」
高校数学で学ぶ虚数"i(アイ)"について教師が授業中に放った言葉。
ここに居るはずではなかったのかもしれない、と密かに思っていたアイはこの言葉に捉われてしまう。
アイは紛争地域のたたかいや自然災害の被害が止まないことに苦しみ、シリアをルーツに持つのに悲劇の渦中に居ないこと、そして養子という方法で恵まれた環境で暮らすことを「選ばれた」ことに罪悪感のようなものを感じるようになっていた。
しかしアイはどうすることもできず、苦しみに居ても立っても居られずにノートに紛争や災害の被害者数を書くことを習慣にするようになる。
「あのね。でも、アイは起こったことに、胸を痛めているんでしょう?」
「え?」
「東日本で起こっていることに、そして世界中で起こっていることに、胸を痛めている。でしょう?」
「うん。」
(中略)
「だからこそ思うんだよね、どうして私じゃないんだろうって。」
「うん。」
「その気持ちは恥じなくていいよ。恥じる必要なんてない。どうせ自分は被災者の気持ちが分からないんだって乱暴になるんじゃなくて、恥ずかしがりながらずっと胸を痛めていればいいんじゃないかな。よく分からないけど、その気持ちは大切だと思うんだ。何かに繋がる気持ちだと思うから。」(156頁)
引用は高校時代に出会ったアイのかけがえのない親友・ミナとの掛け合いの場面だ。
ミナという親友がいたから、アイは「心を取り戻す」ことができるようになる。
「誰かのことを思って苦しいのなら、どれだけ自分が非力でも苦しむべきだと、私は思う。その苦しみを、大切にすべきだって。」(157頁)
世の中に痛ましいことはたくさんある。大人になったアイの身にも痛ましい悲劇が起こる。アイはずっと苦しむが、ミナの言葉がアイの心を救い続けるのだ。
誰かのことを思い遣る、想像することの根源は愛だ。
血の繋がりが無い娘の気持ちを、「どうしようもなく殴らざるを得なかった人」(125頁)の気持ちを、親友の気持ちを想像して接することができなかったとき、どれだけかけがえのない人同士でも仲違いをしてしまうことがある。
どうしても許せないことがあっても、相手がかけがえのない人であり愛が少しでもあるのなら、分かろうとする優しさや根気強さをもって対峙するべきだと物語全体が叫んでいるように感じた。
アイは心を取り戻したと同時に、愛があることを実感したのだろう。最終部のアイのよろこびに心が打ち震えた。
『i(アイ)』読み終わったいま、とても穏やかな気持ちで物語の余韻に浸っている。
そしてまたあの海の色のような、細胞のような、血液の流れをあらわしているような素敵な絵をもう一度観に行きたいと思っている。
本書を読んでから装丁を眺めていると、「生きている!」と叫んでいるみたいに見えてきた。
西加奈子さんの物語は「感じる」ことが多い。
どきどき、はらはら、わくわくではなくて
じーん。という感じ。
穏やかな気持ちに満たされることほど気持ち良いことは無いのではないかと思う。
素敵な一冊だった。
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少しでも気になった人は、
本書を読んで個展に足を運んで欲しいです。2月5日(日)まで!
おまけ話ですが、個展会場で『i(アイ)』の特装版の予約ができます。







