いろんな人に会うのは、面白いですね。
でも、「人と会う!」っていう言葉が、なんか軽薄な感じがして苦手。


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こないだひょんなことから友達の友達を紹介されました。

すごく久しぶりに会った友達とお茶べりをしていて、仕事の話やたられば小話をしていた流れからトントン拍子に話が進み、次の日に友達の友達と会ってきました。

初めは友達の友達とざっくばらんに仕事の悩みや考え方を聞いたり話したりしていたのですが、
途中から友達の友達がどういう仕事をしているのか具体的な説明があり、
最終的にとあるセールスの勧誘をされました。

話が終わったのは終電間際。

その日の夜の強烈な空腹感(ごはん抜きだったので)と、勧誘だと気付いた時の気持ちの冷めたのが混ざりあったもやもやは当分忘れられない…。

勧誘だと気付いた時から、ああ、あの時のあの言葉は勧誘目的だったのか、といろいろ結びつけて考え、しばらくの間悶々としていました。


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友達は本当に悪気なく勧めてくれているのに、細かいところが引っかかる。

そんな反応しかできず、自分の対応力の無さとひねくれ度合いの高さを改めて認識しました。



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そんな時に読み終えた一冊は
わたしに似たひねくれ物語でした。


山本文緒『プラナリア』(文春文庫)


本書は「無職」の物語だ。
若くして乳がんを発症し、手術は成功したもののその後の生活のあらゆることが面倒になり社会復帰を果たせないでいる25歳の春香(「プラナリア」)、
離婚がきっかけで職を失い貯金と慰謝料で買ったマンションで細々と暮らす36歳の泉水(「ネイキッド」)、
夫がリストラされ半減した家計を少しでも支えるためにパート勤務を始めた43歳の真穂(「どこかではないここ」)、
7年付き合っている大学院生の恋人にプロポーズされ素直に喜べなかった25歳の美都(「囚われ人のジレンマ」)、
離婚がきっかけで会社を辞めて居酒屋を始めた36歳の誠と無職だが手相観の特技がありその日暮らしの生活を続ける年齢不詳のすみ江(「あいあるあした」)。

それぞれがそれぞれの理由で「無職」という状況にかかわり、もがき、苦しみ、圧倒され、無気力になり、絶望し、怒りをあらわにする。

不景気と言われ続ける昨今をあらわすかのように、登場人物たちは簡単に救われない。見えない将来に不安を感じ、ひねくれた物言いをやめられない心の葛藤が描かれている。

登場人物たちは好きでひねくれているわけではない。「こんなことが起こるなんて思わなかった」と言いたげに感じるほど、ごく普通の暮らしをしている・していた人たちなのだ。

わたしにもいつかこういう時が来るのではないだろうか、、、とつい想像してゾクッとした。

自分のことに置き換えて想像できるほど、身近にありそうな物語だった。

「自分の来し方行く末が分からなくて漠然と不安で、何が間違っていたのか誰かに教えてもらいたいのは分からないでもない。霧の中で立ちすくんで一歩も踏み出せない時、誰にでもいいからあっちだよと言ってもらいたかったことは俺にだってあった。自由に生きろと言われるよりは、ああしろこうしろと言われて生きる方が実は楽だったということを、俺はサラリーマン時代を思い出してしみじみ感じる。」
(251頁 「あいあるあした」)

引用の言葉が身に染みる。自分自身、将来どうしていこうか迷っていて、方向を定められずにやきもきしているからだ。

ああでもないこうでもないと言っているばかりで何も行動していないじゃないか!とわたしはパートナーによく怒られる。そして本書の登場人物たちも同じようにああでもないこうでもないと思索している。

ああでもないこうでもないと言いたくなるよね。と本を撫でてしまいたくなりながら、わたしはこのままじゃいけないと強く思った。

同情と共感と危機感を同時に感じられる、いろんな意味で肌が粟立つ一冊。