意地悪な小説だったが、読了後に鳥肌が立った。


著者の津村記久子さんの作品は、働く女性の視点で描かれたものが多い。社会の不条理さや、働く女性の日常のちょっとしたイライラを洒脱に物語に落とし込むのが巧みだ。


本書はそんな津村記久子さんのデビュー作である。

この物語では、主人公の不器用な女子大生ホリガイが大学四回生の数ヶ月間に起きたできごとを振り返り、淡々と語っていく。


京都の大学に通うホリガイは、就職先も無事決まり、卒業までの時間をだらしなく過ごす、ごく一般的な女子大生だ。


ホリガイは22歳にもなって恋愛経験の無い自分自身を「やる気と根気と心意気と色気に欠ける童貞の女」(17頁)と自嘲し、焦りつつも相手を必死に探すほどのやる気も見せずにだらだらした大学生活を語っていくのだが、枝葉から枝葉へ物語が脱線するように進んでいくため話の要領が最後まで見えてこない。


これだけでは途中で本書を投げ出していたのだが、冒頭のホリガイの行動は謎だらけで、本書を読んでいる人たちは「なんであんなことをするに至ったのだろう?」と思いながらホリガイの自供(のような振り返り)に付き合うのである。


意味のあるようで無いようなエピソード(大学生活においてそういう性質のものはとてもたくさんあると思う)が150頁ほど続き、そろそろページ数も少なくなってきたけれど、いったいどういう方向に話は向かっていくのだろう、、、と思っていると、結末でぐんと話の根っこが見えてくる。


そしてあっという間に引き込まれてえもいわれぬ高揚感に包まれながら物語の幕が閉じる。


抽象的な物言いで徹底したのは、あまりにも書かれた内容が暗く重いものだからだ。


ここからは本書を読んで共感してもらいたいところだが、本書は「力」への反発をところどころに感じる作品だった。


「力」とははわかりやすく「暴力」という形で描かれる。

たいていの女性は男性に対して力で負けてしまうというシンプルなことを、徹底して描いている。

どんなに反発しても、社会にはあらゆる「力」が作用している。その「力」に抗えないこともある。


抗いようのなかった力への悔しさと哀しさと反発が「君は永遠にそいつらより若い」というタイトルに込められているのだ。


ホリガイの反発は垣間見える程度で、日常においては「仕方ない」という諦念を持って過ごしている。

だが、そんな諦念を持った童貞女性であっても諦めきれないものがある。えんえんと回り道をした結果、大事なものに気付いたホリガイの最終部の語りには鳥肌が立った。


この物語は決して明るいものではない。けれど、暗さの中に際立つ光がわたしの心に深く刻まれる物語だった。