村田沙耶香『殺人出産』(講談社)

村田沙耶香『殺人出産』は表題通りの強烈な物語である。
恋愛をして、結婚をして、セックスをして子供を産む時代は昔話となり、子供は人工授精をして産むことが主流になるが人口の減少に歯止めがかからず「10人産んだら一人殺してもいい」という「殺人出産システム」が導入された近未来の日本が舞台である。

「恋愛とセックスの先に妊娠がなくなった世界で、私たちには何か強烈な「命へのきっかけ」が必要で、「殺意」こそが、その衝動になりうるのだ」(13頁)

「殺人出産システム」を利用し、それを行う人は「産み人」として崇められるようになる。10人の子供を産み続けるエネルギーをかけ、日本の人口問題に対する救世主となるからだ。

「産み人」が10人目の子供を産み終えると、役所へ「殺人届」を提出し、翌日には相手に電報が届く。殺人届を受け取った相手は「死に人」と呼ばれ、一ヶ月の猶予を与えられた後に「産み人」によって殺される。

主人公の育子は、姉が「産み人」になったことを周囲に隠して生活をしている。姉は幼少の頃から殺人衝動を抱くようになり、殺意を抑えるために自傷行為を行っていたが、殺意を抑えきれず17歳で「産み人」になる決意をしたのである。育子は姉を慕っており、姉の殺人衝動も知った上で10人産み続けるという「産み人」の拷問のような負担がかかるシステムに否定的であった。

ある日、育子は同僚の早紀子から姉が「産み人」であることを知っている、と言われる。そして早紀子が「ルドベキア会」という昔の倫理観が正しいと主張する思想団体の一員であると告げられる。

「本当に酷い世界になってしまったものです。殺人をエサに産ませ続けるなんて、死刑よりずっと酷い拷問よ。でも誰も何も言わない。人類が滅びないために、ヒトが子孫を残し続けるために、『産み人』などと名付けて美化して、その上で犠牲にし続ける。自分たちはのうのうと、お腹を痛めることを忘れ、快楽だけのセックスに没頭しながらね。この世界は狂ってるわ」(30頁)

「ルドベキア、という花の花言葉をご存知ですか?『正義』そして『正しい選択』です。私たち人類は、今、間違った選択をしている。それは育子さんもよくわかってらっしゃるんじゃないですか?お姉さんという犠牲者が身近にいらっしゃるのだから」(31頁)

育子たちが幼少の頃は、「殺人は命を産む素晴らしい行いだという新派と、殺人は絶対に悪だという旧派」(39頁)で世論が分かれ、殺人に関する価値観が揺らいでいた。時代の流れに伴い殺人出産システムは受け入れられるようになり、「産み人」に対する他者の態度の変容を見てきた育子は、「正義」という言葉に辟易としていた。

価値観は変容し、小学五年生の従妹のミサキは殺人出産が正義、という価値観で生きている。
様々な価値観が巡るなか、姉はとうとう10人目の子供を出産する――。


物語世界にがっつり惹き込まれたが、さらに悩んでしまう。

作中に蝉や蟻などの「虫」の描写が頻繁に登場するところも特徴的で、世の中の価値観が変われば、グロテスクな「虫」さえも受け入れられてしまう「世間」の恐ろしさを示唆している。

何が正しくて、何がおかしいのか。情報が溢れすぎて何もかもが曖昧になりつつある現代社会に、ちょっと待てよと警鐘を鳴らした一冊である。

社会には理不尽なことがたくさんある。たくさんの理不尽への自衛策を日々考えながら、しなやかに生きていくために、今日も読書を続ける。

ただ、マタハラに対しては「折衷案」ってなかなか出ないよな…と思う。わたしは、「ひとりでも多くの女性が子供を産みやすい・育てやすい環境」が早く整ってほしいと願ってやまない。