塞翁が馬
ある日、塞翁が飼っていた馬が逃げてしまったので、人々が慰めに行くと、塞翁は「これは幸いになるだろう」と言った。数ヵ月後、逃げた馬は立派な駿馬(しゅんめ)を連れて帰ってきたので、人々がお祝いに行くと、塞翁は「これは災いになるだろう」と言った。
塞翁の息子が駿馬に乗って遊んでいたら、落馬して足の骨を折ってしまったので、人々がお見舞いに行くと、塞翁は「これは幸いになるだろう」と言った。
一年後、隣国との戦乱が起こり、若者たちはほとんど戦死したが、塞翁の息子は足を骨折しているため兵役を免れて命が助かった。
この故事から、「幸(福・吉)」と思えることが、後に「不幸(禍・凶)」となることもあり、またその逆もあることのたとえとして「塞翁が馬」と言うようになった。
人間万事塞翁が馬
災い転じて福となす
高校の古文で習ったのかなぁ?
記憶が曖昧ですけど^^;
「幸せ」と思っていたら
「不幸」に陥ったり
「不幸」だと思っていたら
「幸せ」に転じたり
結局、誰が”幸” ”不幸”を
ジャッジしているかって事が
重要な訳で・・・
自分の経験や先入観、固定観念が
出来事を”幸” ”不幸”に仕分けしているんですよね
他人から指摘されることもありますね
「騙されているんじゃない?」
「本当かわからないよ」
先入観や固定観念が無かったとしたら
”幸” ”不幸”なんて感じなくていいんです
起こっている出来事は
まるで、幻想のようなもので
脳が勝手に良し悪しを
仕分けしているだけなので
自分の感情を揺さぶられないことの方が
大切ですよね
幸せだけを追い求めるなんてのは
愚の骨頂ですよ
そんな世界は存在しません
自分に起こっている出来事は
意味がある事ですが
”幸””不幸”で判断しないことです
最後まで読んでいただき
ありがとうございました




