除染事業の無駄遣いが本日の東京新聞一面トップに掲載された。大きな金額に地方の自治体は対応ができず、結局大手銭婚(ゼネコン)への丸投げとなっているようだ。これは地方に限らず、環境省など国の機関でも同じことが起こっている。いくらかかるかわからない事業を事業者の言いなりにやるのはいかがなものか。道路事業でさえ規格と距離と単価を契約上はっきりさせたうえで事業が始められる。つまり、規格か距離に不備があれば業者は責任を取らされることになる。しかし、除染事業では除染を行う広さぐらいしか決まっておらず、その効果や期間、金額までもうやむやのまま進められている。

 飯舘村ではあれほど村長が村で直轄の除染事業を目指すと言いながら、国から予算をつけられたとたんにその金額に目を回して、すべて国に返上してしまったようです。どちらにしても、元請け、孫請け、ひ孫請け以下の仕事を村民に与えて、村の基幹事業とすることになりそうです。我々のとったアンケートではできれば除染作業はやりたくないという人が多くおり、ほかに仕事があればやらないという人とあわせると半数以上に達しました。経済的な縛りを講じて、村人を村内に縛り付け挙句に除染による被ばく作業をさせるのはもってのほかです。

 我々は東電の原子力部門に就職した覚えはなく、それらに匹敵する報酬をもらったこともありません。さらに除染事業に加わっても彼らの報酬にはほど遠いものであるばかりか、彼らを守る放射線規制からも外れた待遇になることは明らかです。賠償問題が長引きさらにはかつての公害訴訟、薬害訴訟と同様の経過をたどれば、強制帰還=強制被曝の道をまっしぐらに歩む住民が大勢出てしまいます。はたからはなぜあのようなことをしているのかとそしられ、被害の上塗りをして、歴史の闇に葬られるのでしょうか。

 本日の一面には原発ADRの無能というか作為的なサボタージュについての記事も載っていました。損害賠償の上乗せをADRに訴えていたところ原賠審の裁定で東電のお見積もり額と全く同じ金額が提示されたそうです。これでは時間と労力の無駄に過ぎないだけでなく、原陪審があくまで東電の弁護人であることを宣言したようなものです。このシステムそのものが無駄の極致であり存在自体が不要です。JAなどの身内に対しては東電をなだめて賠償をさせているものの、個人の賠償に関しては利益相反の最たる結果を導き出しています。

 あまり期待はしておりませんでしたが、ここまで露骨に東電の弁護をするのであれば、国費を投じて、事務所を設置すること自体犯罪行為ではないでしょうか。所詮、今回の原発事故加害者が主体をなす原陪審自体が胡乱な組織であります。直ちに解散して、本訴訟を被害者に勧める方が適切な対応と思えます。何やら訴訟を遅らせ、あきらめさせるために原陪審の存在理由があるようにすら思えてきました。