妹が亡くなり ひと月以上経ちました。

それでも   毎日 多くの方々が

ブログを見て下さっています。

僕は 最愛の妹を失い、

懐中佛を開眼し  毎日懐に入れている事で

眠れるようになりました。

今日は姉の命日です。

姉は乳がんで亡くなりました。

姉が亡くなり 4年目です

姉と妹二人の三人娘は

今頃   あっているんだと言い聞かせています。

毎日  妹の書き残した日記の中に

僕の知らない  妹がいました。

僕は泣きながら   妹に謝りながら

今更ながら  立派な妹であったと

思い知らされました。

その日記を  載せさせていただきます。





私の心の傷


私は  身体が弱かったさかい

いつも注射を打たなあきまへんどした

右腕   左腕    右の太もも  左の太もも おしり

そのために   注射の跡は皮膚がかとうなり

大きく へこんでしまいました

自分ではなんとも思わへんかったのに

小学3年生のある日を境に

私は   小学生の卒業式まで

誰にも 喋ってもらえへんようになり

両手と両太ももが気持ち悪いからと

皆から遠ざけられました

修学旅行の時も  一人きりで

伊勢神宮にお参りした記憶

体育の時のブルマーを履く時の辛さ

上履きにはピンが入れられていて

知らずにはいて   足の裏が   血で真っ赤に

染まり  そのまま家に帰りたかったこと

数えきれない いじめにあいながら

心配をかけたらあかんと思い

親や先生にも言えなかったことが

私の心の傷として残りました

そやけど

好きな本をいっぱい読むために

図書館に行き

ありとあらゆる本に出会え

学年では成績がいつも1番どした

あの時は死にたいなあ

もう   嫌やなあと

思うこともありましたけど

今から思うたら

きっと

弱いお人の気持ちを知りなさいと

教えはったんやなあと 思います

あの時兄に言うてたら

えらい怒りましたやろなあ


何処に行くにも

私の手を握り 

離したらあかんで!!!!!


大事にしてくらはったもん、

それから

私が癌になって  死の宣告をされたのにも

意味があるのやろうと

考えるようになったんどす

元々身体が弱いことも

そうどす

もっとお人のことをよう考えてあげなさい

弱い お人を  お守りしなさい

自分のことを祈るのではなく

お人のために祈りなさい

そう感じたんどす

今現在の年齢は   38歳どす

これから

どんな人生を歩んで行くのか

わかりまへんけど

お人のために

生きていけたらと思います

できますやろか?

きっとできるえ

やってみよ!

頑張りよし!