一週間前に

高野山真言宗とご縁のある

運慶の流れをくむ

京都在住の仏師の先生から連絡があり

1月8日に   我が家にお越しになるというので

何事か?という思いで

一週間を過ごし

昨日   大仏師の先生がお越しくださいました。


我が家は仏様を彫ってくださいとも

何も頼んだ覚えもなく   何故?!と思いながら

一週間を過ごして

その日を迎えました。


主人と私がお出迎えをして

仏間の横のリビングにお通しし

先生のお話をお聞きいたしました。


先生の口から   いきなり  

妹の話が出てまいりました。


先生は

工房に  松葉杖をついた  

妹と遭われたとのこと、


四国遍路が終わり

入院中   両足靭帯損傷

心臓の具合も悪く

ふらふらで  先生の工房に

行き

顔見知りであった妹を

先生の部屋に通して

妹の話を聞いたそうです。


四国遍路を終えて  ただ今入院中ですが

どうしても

先生に  頼みたいことがあり

やってきました

私は今から22年前に末期がんと診断されたのに

生き残りました。

生き残った私しかわからない

癌患者やその家族

また  その他の病の方々やその家族

そして  心に傷を負われてしまった方々のために

毎日毎日  高野山真言宗の般若理趣経を

となえています。

本当の苦しみや悲しみ  辛さ  寂しさを

知っている  私が

となえることで  一人でも多くの方を

救いたいのです。


と泣きながら   訴えたそうです

先生も17歳の時に愛する弟さんをなくし

仏様を彫ることで

自分が救われてきたことを

お話されたそうです。


本来は  注文を受けてから

2.3年は待たないとダメだけれども

妹は 平成30年の一月中に

兄に届けて欲しいと

頼み込んだそうです。


大きな風呂敷から檜の箱が出され

その中には

壊れないように  白い紙で何重にも

巻かれた   


千手観世音菩薩が出てまいました。

主人は   妹が昨年の12月12日に

妹が亡くなってしまったことなど

報告しておらず

慌てて  仏間の襖を開けて

妹の祇園さんの時に撮った遺影が飾られた

祭壇をお見せしました。


先生は唖然とされ  言葉を失われました。


それから数分が立ち

先生は  ご自分が彫られた

千手観世音菩薩を祭壇に置かれて

般若心経をお唱えになられました。


と同時に

わかっておいやしたんやなあ。


と一言だけお話になりましたと同時に

千手観世音菩薩が入ってあった箱から

三つの小さな袋を出されました。

仏間に座って

その三つの袋の中身の説明をされました。


それは

妹が千手観世音菩薩と共に頼んだものでした。


中身は   懐中佛もしくは香合仏と呼ばれ

本来は   自分の干支の仏様がいて

この世に産まれてから 死ぬまで

その仏様に護られる為

自分の干支の仏様の懐中仏を

肌身離さず持つように

作られたものだそうですが


妹は   先生に  三つとも  私の顔によく似た

千手観世音菩薩を彫って下さいと頼み込んだ

そうです。


そして  その袋には

一人娘の名前  主人の名前   わたくしの名前が

京刺繍されており

中身を確認しますと

妹によく似たお顔の

千手観世音菩薩が 彫られておりました。


主人の前で   先生は

泣かれ   きっと  妹さん亡き後

自分が  3人を守りますと

おっしゃっているのでしょうと

言われると同時に

主人は泣き崩れ

妹は  去年に  自分が亡くなることを

知っていたのかもしれません。

と言いますと

先生は  その通りだと思いますと

おっしゃっておられました。


京都に桜の花で 埋め尽くされる頃

亡き妹の娘は日本に参ります

その時に  懐中仏を渡します。


そして  高さ20センチ足らずの千手観世音菩薩

ですが

亡き妹の写真の横に並べて

毎晩  主人が  亡き妹に変わり

般若理趣経を唱えたいと

言っておりましたことを

お伝えいたします。