“今熊野観音寺”
弘法大師空海が十一面観世音菩薩を彫り本尊として建立したお寺。
そして、清少納言のエピソードがあるお寺。
清少納言が使えていた定子皇后は、崩御されたあと、
観音寺近くに造営された鳥戸野陵に希望通り土葬された。
清少納言の父清原元輔の邸宅があったのも観音寺辺り。
つまり、清少納言が生まれ育った地。
そこに自分も移り住み、晩年を過ごしたと伝わっている。
いつまでも定子皇后のお側にいたかったのかなと思う。向かって左から、藤原長家・藤原忠通・慈円僧正の塔と伝わってるそう。
長家は、あの道長の六男。母は、源明子だけど、のちに源倫子の養子になってる。
しかも、妻は行成の娘や斉信の娘だって。
調べたらいろいろ勉強できて興味深い。
2024.07.01






