トリコロールについて思うこと | 魔女になる夢

魔女になる夢

ちいさい頃の夢は「魔女になる」だった、

1970年代最後の夏に生まれた女の日記。




なんでも平等主義、って嫌い。


エッフェル塔や、日本ならスカイツリー、シドニーのオペラハウスなどのトリコロールライトアップや、


Facebookのプロフィール画像にトリコロールをかぶせてる人について。


「フランス以外でテロや扮装で亡くなってる人たちには?なんでフランスだけ?」


なんて言う人はナンセンスな気がする。


それ言っちゃおしまいだよ。


フランステロでの犠牲者を悼む気持ちの表示。


それをやるなと言うのはおかしな話になる。


フランス以外にも、「あれは?」、「これは?」、なんて言い出したら、何も出来なくなるよ。


極論、寄付とか出来なくなるよね。


だって、世界の貧しい人たちのために寄付しましょう、なんて言うなら、


日本国内の貧困な人たちにもお金を、ってことでしょ。


んで、すべての国に寄付しろって言うのかな。


東日本大震災の被災地、東北への寄付をするなら、その他の災害や福祉とか全てにも寄付してからだ、って言うつもりかな。


私はなんか違うと思うんだよね。


フランスの被害者を悼むことやテロを許さない意思表示をすること自体は、なんもおかしくないでしょ。


んで、ひとつやるならすべてやれ、って理論は無茶苦茶だと思う。


すべてに平等に、って言い出したら、何も始められなくなる。


なんか、「全員手をつないでゴール、全員1位」のなんでも平等主義と似てないかな。


別に、フランスの空爆や政策に賛同してるというわけではないと思う。

出来るところから始める。


それでいいんじゃないかな。