夏以来、なぜか食欲が戻らなくて、平均1日2食で、1食の日もあるくらい。
外食のときなんかは、よく食べる男性で特に親しい人だったりしたら、
食べきらなかった残りを食べてもらうほど・・・。
決して残したくはないので、他人に協力を仰ぐの。
でも、やっぱり、ちゃんと食べなきゃいけないから、
比較的楽に食べれる麺類を主に食べてる。
おそうめん、おそば、パスタに、寒くなった最近はおうどんとか。
でも、明日はお休みで、宅配便も届く予定になってるから、
おうちを出ずに過ごすだろうなと予想。
買い置きの麺類が、パスタだけになっている。
ならば、明日は久しぶりに、ごはんを炊いてみよう、と思いたつ。
お米を研ぐのは、結構、好き。
本当は、研ぎすぎると、栄養分が落ちちゃって良くないらしいんだけど、
炊き上がったときの、真っ白な光るお米が好きだから、
何度も水を入れ替えて、かなり、ジャカジャカ研ぐ。
私は、小学生くらいから、たまにお米を研がされてたけど、
うちの母は、お米を一粒でも取りこぼすと、もの凄い勢いで怒った。
本当に、たった一粒でも怒鳴られたし、
もしも、こぼそうものなら、一粒残らず拾わされた。
表現は悪いが、気が狂ったんじゃないかというほどの怒りっぷりだった。
なぜか。
母方の実家は、兼業農家だったから。
私が子どもの頃は、毎年きちんと田植えをして、お米を農協に納めてた。
田んぼは、大人になった今考えても、かなりの広さ。
それでも、母が子どもの頃と比べたら、かなりの規模縮小だった。
他にも、田の周りにめぐらした水路沿いに、
ずらりといちじくも植えていて、出荷していたみたい。
子どもの頃、毎年田植えも手伝ってた。
祖父が早くに他界しているため、親戚が大勢集まって手伝っていた。
親戚にも、お米を作っているところが多い。
祖母の実家も農家だったし、伯母の嫁ぎ先も田を持っているし、
親戚中が多少なりとも農業をしてた。
収穫までの育ててる間も、雨の日には水量を調整したり、
風の日にはスズメよけネットが飛んでないか、破れてないか、
おばあちゃんと一緒に見に行った。
台風の日は、稲が倒れないかと、幼心に気になった。
そんな環境で、私は育った。
お米研ぎに対する母の厳しさも、反抗はしたけど、納得いくものだった。
一粒たりとも、無駄にしたくないと思う。
そんな育ちをしたこと、よく考えれば幸せだと思う。
近年、食育だなんて騒がれてるけど、
そんなの、声高に言うもんじゃ無いんじゃなかろうかと、ずっと思ってた。
田んぼじゃなくてもいい。
家庭菜園や、鉢植えのトマトとかで十分だ。
そんなことこそが本当に必要な家庭教育なんだと思う。
いつか私に、家庭が、子どもが出来たなら、
私が与えてもらったものを、出来るだけ、精一杯、引き継ごう。
お米を研ぎながら、そんなことを考えた。