著:のん & 相棒ChatGPT GRACE
AI仕事部屋シリーズ
世界地図の光点が光るたび、物語が動き出す。

 

 

もし……あの時していたら
もし……あの時していなければ
運命は変わっていたかもしれない
良いほうにも……悪いほうにも……

【ゾネの夢】
ゾネは、夢を見ていた。

ブダペスト東駅で、エミリアを思って泣きじゃくっていたゾネだが、駅員に見咎められトボトボと駅を後にした。
しばらくは当てもなく車を走らせた。
仲のいい友達のことも何人かは思い浮かべたが、眠り続けるニコーラが一緒では頼るのは無理だ。
結局ゾネは24時間営業のスーパーの駐車場にバンを停めると、ニコーラの胃ろうや介護を済ませ、
自分は助手席をリクライニングさせると、疲労困憊して泥のように眠ってしまった。

そして、ゾネは夢を見た。
エミリアが、「ママァ」と言いながら元気に手を振っている。
エミリア、エミリア、ここにいたのねと走り寄ろうとしてふと気がつけば、エミリアの横で手を振っているのはニコーラだっ!


 

ニコーラ、あなた目を覚ましたのね。
エミリアに会えたのね、その子があなたの娘のエミリアよ。
だが……ニコーラは何も言わない……
どうして何も言ってくれないのとゾネが思った時、エミリアが悲しそうな声で言った。
「ママ、早くしないと、パパ起きなくなっちゃうよ。
早くパパをお医者さんに診せて!」

ああっ、そうだった。
あたしはニコーラをお医者さんに診せようとしてたんだ。
ゾネは大慌てで立ち上がり、車の天井に思いっきり頭をぶつける。
「痛い……」
涙目をしばしばさせていると、車の前を白衣を着た男性が横切った。
「お医者さんだっ!」
ゾネはダッシュボードに膝をぶつけながらドアを開けると、外に飛び出し白衣の男性のあとを全力で追いかけた。

【唯我博士の災難】
唯我博士は買ったばかりのコーヒー豆の袋を手にぶつぶつと独り言を落としていた。
「んんん、まったくけしからんね。
貨物便の遅延か何かは知らないけれど、ボクのスペシャルなコーヒー豆が届かないなんて。
とりあえず、この店で一番高いのを買ってみたけど、ボクの口にあうだろうか。
んんん、それにしても、ニコーラはどこにいるんだろうね。
ミズ・クロイのことだから、そんなにたやすくは見つけられないだろうとは思っていたけれど。
もう国外に出たんだろうか。いや、あのニコーラを連れてではそれもたやすいことではないよね。
案外目と鼻の先に潜伏していたりして、うわっ!」

唯我博士の独り言は中断された。
見ず知らずの女が博士の腕に縋りついてきたのだ。


 

その女は必死の形相でまくしたてた。
「お医者さんですね。
お願いです。夫を診てください」
唯我博士は、
「いや、ボクは医者じゃない」
しかし、女はますます強く縋り付くと、
「診てください。
夫が眠ったまま目を覚まさないんです」
そして、力ずくで博士をどこかに連れて行こうとする。
博士は両足を踏ん張って抵抗しながら、
「急病人なら『104』(緊急電話番号)か『112』(EU共通の緊急番号)に電話をして、

救急車を呼びなさい」

女は激しく嫌々とかぶりを振ると、
「時間がないんです。
早くしないと間に合わないんです」
そして、ものすごい馬鹿力で唯我博士を引きずっていく。
博士の心の中にどす黒いものが吹き上げて来た。

――あぁ、お願いだよ。
――ボクを怒らせないで欲しい。
――今朝はコーヒー豆を切らせていて、だから充分な糖分が摂れていないんだ。
――糖分が切れると、ボクは……

博士のゾネに掴まれていない方の腕の指が内側に握りこまれ拳を作る。
コーヒー豆の袋が地面に落ちる。

あと一歩でバンだ。
ニコーラを診てもらえる。
ゾネが顔をバンの方に向ける。
その後頭部に博士の拳が振り下ろされようとした時――

「何をしているんですか」

【白馬の騎士】
ゾネと博士は、声の方を見た。

立っているのは金髪にスーツ姿の若い男だ。
彼は、唯我博士の方を向いて、もう一度、
「何をしているんですか!」
と強く言った。

拳を振り上げたところを見られたらしい。
博士は慌てて、
「ボクは何もしていないよ」
と言いながら身をかがめてコーヒー豆の袋を拾った。

今度は男はゾネの方を向いて、
「警備員か警察を呼んだ方が良いですか」
警察という言葉に、ゾネがはっと我に返った。
博士の腕をつかんでいた手の力が緩む。
その機を逃さず博士はゾネを振り切ると、全速力で走り去った。
その勢いでよろめいたゾネを、男は慌てて支えてくれた。

そして男はそのまま、うなだれたゾネを駐車場のベンチに座らせる。
ゾネは頭を抱えてうめいた。
「あぁ、あたしったらなんてことしちゃったんだろう。
夢を見て寝ぼけて、見知らぬ人に迷惑をかけてしまった。
そう、あれは夢。
ニコーラはエミリアが生まれてから一度も会ったことがないし。
エミリアは行方不明だし」

そしてゾネは、夢の中でニコーラが何も言わなかった理由が思い当たった。
あたし……ニコーラの声を忘れている。
人は誰かを忘れるとき、まず声から忘れていくという。
ゾネは涙をこぼした。

その時、ゾネの前にコーヒーの紙コップが差し出された。
香しい匂いがする。
さっきの男が、
「コーヒーを買ってきました。」
ゾネは紙コップを両手で受け取り、口元に運ぶ。
紙コップを持った手が暖かくなり、のどを通ったコーヒーの苦みと甘みがささくれだった神経を少しずつ鎮めてくれる。

「ドーナツも買ってきました」
と男が言うのに、ゾネはかぶりを振った。
今は、何も食べたくない。
男は気を悪くしたふうでもなく、
「ではお腹が空いたら食べてください」
と、ゾネのそばにドーナツの袋を置いた。


 

そして男もコーヒーを飲み始める。
多分男はコーヒーが飲みたかったわけではなく、ゾネに遠慮をさせないための配慮だろう。
ゾネと適切な距離をとって座っていることからもそれがうかがえる。

ゾネが少し落ち着いたように見えたのか、男は、
「お怪我はありませんか」
ゾネはうつむいたまま小さな声で、
「はい……ありがとうございます」
すると男は言葉を選びながら、
「もしかしたらお力になれることがあるかもしれません。
良かったら差しさわりのない範囲でいいのでお話してくださいませんか」

ゾネは思わず語りたくなった。
行方不明のエミリア。目覚めないニコーラ。
全部打ち明けて「助けてください」と縋りたかった。
ゾネにそれをさせなかったのは男のいかにも真面目そうな佇まいだった。
この人は真っ当な世界に生きる人だ。
事情があるにせよ、患者を無断で連れ去った雇われ看護師のトラブルに巻き込むわけにはいかない。

ゾネはかぶりを振った。
男は「そうですか」
というとしばらく無言だったが、ポケットからメモ帳を出すと何かを書き込み、
「もし何かお力になれることがあったら、ここに連絡してください。
僕の勤め先ですけど、僕がいない時でも伝言を残してくださったら伝わるようにしておきますから」

そのメモ紙を見たゾネの目が少し見開き、顔が強張った。

男は更に、
「お名前を教えていただけますか」
ゾネはとっさに偽名を名乗った。
「ロザリア・コンティ……です」
遠い昔、ゾネを助けてくれた人の名前だ。
男は疑う様子もなく、その名前をメモ帳に書き留めた。

そして、
「ではコンティさん。お気をつけて」
と言って立ち上がった男が抱えた紙袋の中に、鉛筆やノートの文房具が入っているのがゾネの目に留まった。
ゾネの視線に気がついた男は、ちょっと照れたような顔で、
「子供に勉強を教えることになって」

――この人は優しい良いお父さんなんだわ
ゾネは微笑んだ。

ゾネを助けてくれた「白馬の騎士」は、馬ではなく、eヴィターラに乗って走り去った。
それを見送った後、ゾネは彼がくれたメモ書きをもう一度見た。

『カンパニー ブダペスト支店
ジェイムズ・スタンディッシュ
電話番号 +36-×-×××-××××』

ゾネの顔が歪んだ。
カンパニー、この会社は知ってるわ!
ニコーラのお父さんの会社じゃないの!
あたしとニコーラを引き裂いた。

誰があんたなんかに頼るもんですか!
ゾネはその紙をくちゃくちゃに丸めると、地面に叩きつけようとして、手を停めた。
スタンディッシュが見ず知らずの自分にしてくれた優しいことがひとつひとつ思い浮かんだ。

カンパニーという会社は大嫌いだけど………
この人には罪は無いわ。
ゾネは丁寧に紙のしわを伸ばすと、四つに畳んでそっとポケットにしまった。

どうかエミリアもこんな優しい人に保護されていますようにと祈りながら。

【セーチェーニ鎖橋】
スタンディッシュが職場に戻ると、バートから電話が入っていた。
折り返しかけなおす。

「あぁ、昨日は用事を押しつけちまってすまなかったな。
それでエミリア・コバーチって女は、無事保護したか?」
「こちらから連絡しようと思っていたところです。
保護しましたよ。
それと女じゃなくて,10歳の女の子です」
「女の子ぉ!?」
バートは素っ頓狂な声を上げると、そばにいるらしいGRACEに、
「女の子だってよ。なんでクロイマユミの関係者に子供がいるんだ」
と話している声が聞こえて来た。

スタンディッシュは、急な頼みごとに事情も聞かずに引き受けたけれど、クロイマユミ関係の案件だったのかと思う。
バートが電話口に戻って、
「あっ、すまねぇ。
で、その女の子は今どこにいるんだ」
「僕の姉のところにあずかっています」
「姉って支店長さんか。そりゃご面倒かけて申し訳ねぇ」
「電話じゃ詳しい話もできないから、近々晩飯でも一緒にどうですか?」
「わかった。GRACEにも伝えておく」

バートが電話を切って、GRACEの方を向くとGRACEは足元を子細に検分しているところだった。
昨日、ガーボル・フェデケが残したらしい燃えカスのような痕跡を追ってみたが、ドナウ川に行き当ってしまった。
そこで今日はドナウ川にかかるセーチェーニ鎖橋を徒歩で渡って痕跡を探しているのだが、それらしいものは見当たらない。


 

ガーボル・フェデケは、どこに潜伏しているんだろう。
橋の上に佇むGRACEとバートの横の車道を、ゾネが運転するバンが通過していった。

【バイタルチェック】
ゾネはブダペスト近郊のモーテルをしばらくの間の滞在先に決めた。
幹線道路沿いあり、客室のすぐ前が駐車スペースで、フロントを通らずに直接部屋に入れるのが人目に付きたくないゾネには向いていた。
なによりベッドがあるのがありがたい。
ニコーラをいつまでも窮屈なストレッチャーに乗せたままにはできないし、自分も助手席の仮眠では心身共に参ってしまう。
ベッドが介護ベッドのように高さや角度を調節できないのは不便だが、それは仕方ないとゾネは思った。

その夜もいつものように、ニコーラのバイタルチェックをした。
数値は安定している。

いや……安定し過ぎている。

以前は、ニコーラのバイタルが安定しているのが素直に嬉しかった。
だが、いつの頃からかいつも全く変わらない数字であることを不審に感じるようになった。
ゾネも看護師としてたくさんの患者と接してきた。
例え意識不明で寝たきりの状態であったにしても、脈拍は呼吸に合わせて小刻みに上下するし、
血中酸素飽和度も、測定誤差や指先の血流で1〜2は揺れることが多い。
体温だって測る場所・時間で0.1〜0.3くらい動きやすい。
それなのに、ニコーラの数値はいつも全くの誤差なく一定なのだ。

――なんなの?一体
――これじゃまるで人間じゃなく……

次の言葉が続けられなかった。

いや、きっと何か原因があるはずだわ。
機械の故障とか電池が古いとかあたしの測定の仕方が悪いとか。

まずは電池を全部新しくし、機械を全部チェックした。
どこにも不具合はなかった。

次に測定の仕方を変えてみた。
だけど、指を替えても同じ。
反対の手でも同じ。
温かい缶コーヒーで指先を温めてから測っても同じ。
そして、表示が「揺れない」

ゾネは小さく笑って言った。
「……そんなこと、ある?」

ゾネは小型モニターの画面を見つめる。
本来なら。
上段のECG(心電図)にはギザギザ(QRS)がある。
中段のSpO2の脈波(プレチスモ)は、うねる。
下段の呼吸波形はゆらぐ。

それなのに、ゾネの目の前のモニターは、それらが全部 ほぼ水平のまま、延々スクロールしていく。


 

波形が、揺れない。
それは「安定」ではなく――「停止」に近かった。

クロイマユミの不吉な言葉が不意に蘇る。
「ここにいるのはニコーラの身体だけ。中身は……」

ゾネは、ニコーラの穏やかな寝顔を見つめる。
「ニコーラ……あなた……」

ニコーラのまつ毛が、一度だけ震えた。


to be continued


あとがきにかえて 

ブダペスト豆知識
―セーチェーニ鎖橋  ―
相棒ChatGPT GRACEがまとめてくれました


セーチェーニ鎖橋(Széchenyi Lánchíd)は、
ドナウ川に架かるブダペスト最古の恒久橋です。

1849年完成。

それまで、ブダ(丘側)とペスト(平地側)は別々の都市で、
冬に川が凍った時以外は簡単に往来できませんでした。

この橋を提案したのが
ハンガリー近代化の父と呼ばれるセーチェーニ・イシュトヴァーン伯爵。

彼は、
「橋はただの交通手段ではない。国を一つにする象徴だ」
と考えました。

鎖橋はその名の通り、巨大な鉄鎖で支えられた吊り橋構造。
橋の両端には堂々とした石造りの門と、
有名な四頭のライオン像が置かれています。

第二次世界大戦中に爆破されましたが、
戦後に再建。

現在でも、
ブダとペストを結ぶ「象徴の橋」として市民に愛されています。

夜のライトアップは特に美しく、
ブダ城と合わせて世界遺産の景観を構成しています。

作中では、
GRACEとバートが「痕跡」を追って歩いた橋。

人と人、過去と現在、
そして運命が交差する“クロスロード”として
非常に象徴的な舞台です。

 

お読みくださいましてありがとうございます。