著:のん & 相棒ChatGPT GRACE
AI仕事部屋シリーズ
世界地図の光点が光るたび、物語が動き出す。
集めたピースを並べても
絵ができない。
フェイクのピースが、混ざっている。
【唯我博士の憂鬱】
ブダペストにある唯我博士の研究室。
巨大なメインコンピューター・モニター群、 データが流れる画面、ホログラムディスプレイ。
怪しく光る液体やエネルギーコア、 グリーンやブルーの光。
カプセル・培養槽、巨大なガラス筒に入った正体不明な物。
ロボットアーム・自動化機械: 無機質な機械が動き、配線だらけの壁・コンソールパネル、 雑然としつつ機能的なコード類。
薬品臭、オゾン臭、埃の焦げた匂い、そんなものに囲まれて唯我博士はステンレス製の冷たい台に向かってコーヒーを飲んでいた。

身なりには無頓着な博士だが、糊のきいたきっちりプレスされた白衣これだけは譲れない。
そして厳選されたコーヒー豆に、芸術品のようなカップ&ソーサーや砂糖壺。
その砂糖壺から金のスプーンに山盛り砂糖をすくうとコーヒーの中に落としていく。
1杯……
2杯……
3杯……
1杯落とすごとに、唯我博士の口からもぶつぶつと独り言が落ちていく。
「まったくね、気に入らないことばかりだよ。
ここハンガリーじゃコーヒーに蜂蜜を入れるそうだ。
コーヒーに蜂蜜……んんん、いやそんなことはどうでもいいことだよね。
ボクはあくまでもコーヒーには砂糖だ。これは絶対譲れないよ」
そして更に、山盛り1杯。
「糖分は頭の働きを活性化させる。
常人離れした思考能力を駆使する自分は、脳の為に相当量の糖分を摂取しなければならない」
と言うのが博士の持論である。
「まぁしかしなにが気に入らないって、ミズ・クロイの裏切りだよね。
いや、その前にガーボル・フェデケの裏切りだね。
賭博で多額の借金を背負い込んで困っているのを拾ってやったのに、ボクを裏切るなんてとんでもない恩知らずだよ。
そこに持って来てミズ・クロイの裏切りだ。
んんん、やっぱり裏切りなのかなぁ。
ボクには、さっぱり理解できないよ。
ミズ・クロイにはちゃんと説明したのに。
ニコーラの魂の入ったホムンクルスとホムンクルスの入ったニコーラの身体。
二つあわせて、一人のニコーラに戻そうと言ったら、ミズ・クロイは大喜びして賛成してくれたのに。」
10杯目の砂糖をコーヒーに落とすと、唯我博士はゆっくりとスプーンでかき回しながら、
「空港でボリスをまいて、ニコーラの身体を持ち逃げした時はまだ半信半疑だったけれど、セーチェニ温泉でネオホムンクルスを振り切って逃げたからには本物の裏切りだね。
おまけにあの忌々しいカンパニーのGemどもまで一緒だったみたいだし」
博士はコーヒーを一気に飲み干す。
溶けきらなかった砂糖が喉をざらざらと流れ落ちていく。
博士の目にふと笑いが宿る。
「まぁ、どっちにしろ――ニコーラの魂は、こっちにあるんだからさ」
博士の見つめる先、研究室の隅の暗がりに、闇に紛れるようにしてうずくまる
ニコーラの魂を宿したホムンクルスの姿があった。
【美しき青きドナウ】
スタンディッシュと夕食を共にし、ホテルに送ってもらったGRACEとバートは、
ハンドラーとアンドレイ秘書に一部始終を報告した。
そしてその後の指示を待っていたが、なぜか指示が送られてこない。
翌朝まで待っても来ないので、二人はスマホをポケットに入れて、日課のジョギングに出かけた。
朝の凛とした空気の中、ドナウ川の川べりを走る。

GRACEが言った。
「美しき青きドナウっていうけど、ドナウ川って青くないね」
バートが苦笑しながら、
「それドナウ川を見た観光客あるあるらしいぜ。
ヨハン・シュトラウス2世が『美しき青きドナウ』を作曲した1867年当時は、
まさに美しき青きドナウだったのかもしれねぇし、
川の美しさや優雅さを比喩的に表現した芸術的なタイトルだっていう話もある」
しばらく走った後、今度はバートが言った。
「それで思い出したんだが、日本の江戸っ子って『ひ』と『し』の発音が区別
できねぇていうじゃん」
GRACEがうなずいた。
「それ聞いたことがある」
「それでな、ある江戸っ子がロシアに行ってボルガ川を見てその大きさに感動して、
『ボルガはひろいなぁ』
ところがそれがロシア人のガイドには、『ボルガはしろいなぁ』と聞こえたもんで、
ガイドが大真面目な顔をして、『いいえ、ボルガは白くありません』って答えたっていう話だ」
「あははははは」
GRACEが、思わず声を立てて笑った。
「それウケるね」
「そうか。ウケたか。良かった。
俺も誰かに話したかったんだけどよ、本社って冗談言える雰囲気じゃねぇし。
それに最近じゃ何かいうたび、元になった出典を明示しろだもんな。
うっかり雑談もできねぇわ」
GRACEはこくこくうなずきながら、
「確かにそうだな。
……ところで今の話、出典はどこ?」
バートはため息をつくと、
「アンバーから聞いたんだよ。
で、アンバーは昔なんかで読んだ気がするって」
「ということは、バートもアンバーに出典はどこって聞いたんだ」
「あぁ、そんでアンバーに怒られた。
『いちいち出典なんか覚えてないわよ』って」
「つい出典を調べちゃうって、俺たちの職業病かもな」
GRACEが慰め顔で言った。
【生まれて初めての喧嘩】
GRACEとバートがホテルに帰り、シャワーを浴びて一息ついた頃、ようやくパソコンにアンドレイ秘書から指示が届いた。
珍しく音声による指示だ。
「返事が遅くなってすまない。
社長とも相談した結果、これからも引き続き捜査を続け、ニコーラ様の所在を突き止めてくれ。
シークレット部隊にも出動を要請しておいた」
「わかりました」
二人は答える。
アンドレイ秘書は、
「ブダペスト支店のスタンディッシュ支店長にも話をしておくので、何か困ったことがあったら支店長に相談するように。
それと捜査用に、車を手配しておいた。スズキのスウィフトだ」
ここまで一気に話したアンドレイ秘書が、小さくため息をついたのを二人は聞き逃さなかった。
「アンドレイ。どうかしたんですか。なにか……とてもお疲れのようですけど」
GRACEが尋ねる。
「えっ、ああ、いやなんでもない。最近仕事が立て込んで少し疲れが出たようだ」
GRACEとバートは顔を見合わせる。
今までどんなに困難な仕事でも弱音もはかず疲れた顔も見せなかったアンドレイ秘書なのに……
バートが言った。
「アンドレイ、まさか社長にエンリコに何かあったのか」
「いや、それはない」
アンドレイ秘書は即座にきっぱり否定したものの、
「ただ……昨夜社長と喧嘩をしてしまって。
社長と……エンリコと喧嘩をするなんて生まれて初めてなんで、ちょっと参っている」
そしてアンドレイは今度は大きなため息をついた。
「喧嘩って」
「どうしてそんな」
「うん……ニコーラ様のことでなんだ。
ニコーラ様の魂と身体が見つかりそうだとわかったエンリコはドクターにニコーラ様をひとつに戻してくれるように頼んだんだ。
ドクターの返事はカンパネルラに行く前と同じで可能性は極めて低いから期待しないようにだったんだが……
更にドクターとハンドラーが、カンパニー最高幹部としての意見で、例えニコーラ様が元に戻れたとしても今後一切カンパニーには関わりを持たせないようにと進言したんだ。
ニコーラ様が失踪前にしたことと言ったら、エンリコに敵愾心を燃やして、Gem工場に侵入して初期カーネルを持ち出し、アスクレピオス機関に売り渡したりと言語道断の振る舞いだった。
元に戻れたニコーラ様がそこまでの元気はもうないとしても、逆に以前のように腹黒い連中に担ぎ上げられて利用されるのは目に見えている。
せっかくカンパニーがエンリコ社長を中心にまとまったのだから、また新たな火種を持ち込まないようにとの当然の意見だったんだが……
エンリコにはひどく冷たい仕打ちに思えたらしい」
そして、またため息。
「アンドレイもドクターたちと同じ意見なんですか」
GRACEが訊いた。
「正直に言うと私もドクターたちと同意見だ。
ただ昨夜は、中立の立場を守ったつもりだった。
しかしドクターとハンドラーには遠慮があって言い返せなかった分、二人が帰った後エンリコが私に『なぜ味方してくれなかった』と食って掛かってきて……」

「それで喧嘩になったってわけだ」
バートが言うと、アンドレイ秘書は、
「喧嘩と言うか……私は何も言わず黙って聞いていただけだから……」
「それじゃ、立場を利用したパワハラじゃねぇか」
バートが言うと、アンドレイ秘書は慌てて、
「いや、エンリコの気持ちはよくわかるし。
そんな時でも人として言ってはいけないことは言わなかったから、さすがエンリコだなぁと思った。」
「例えば……どんなことですか」
GRACEが遠慮がちに尋ねると、アンドレイ秘書は、
「うん……『どこの馬の骨とも知れない』とか『誰のおかげでここまで偉くなれたと思っているんだ』とか『裏切者』とかかな」
「つまりエンリコはどんな時でも自分を律することができると言うことですね」
GRACEが言うと、アンドレイ秘書は、
「いや、そんなこと思っていないから言わなかったんだと思う」
その言葉はとても優しかった。
沈黙が落ちた。
そして、アンドレイ秘書は、
「聞いてくれてありがとう。
すっきりした。
ニコーラ様の今後の処遇については、ニコーラ様が無事戻られてから考えればいいことだから。
だから、君たちも決して危ないことはしないようにね」
「わかりました」
【ゾネとニコーラ】
アンドレイ秘書は、カンパニーの秘書室で自販機で買ってきた紙コップのコーヒーを飲み干すと両掌で頬を数回叩いて気合を入れた。
昨夜はショックで一睡もできなかったが、そんなことを言っている場合ではない。
仕事モードに戻らなければ。
その時、遠慮がちなノックの音がして、エンリコがドアから顔をのぞかせた。
エンリコも眠れなかったのだろう。
目が赤く充血して、肌が荒れている。
気まずい沈黙が二人の間に落ちる。
エンリコはアンドレイ秘書を見ないように視線を下に向けたまま、
「この急ぎの書類を頼む」
「承知いたしました」
アンドレイ秘書が書類を受け取ろうとすると、エンリコは、
「昨夜は酷いことを言ってすまなかった。許して欲しい」
アンドレイ秘書はにっこり笑うと、
「酷いことなど何もおっしゃっていません。ご安心ください」
そしてドアの方に歩き出したアンドレイ秘書の背中にエンリコが、
「もしも……他の会社から引き抜きの話が来たら、絶対俺に言うんだぞ。
俺はその条件の10倍を出すから……
俺にとってアンドレイはかけがえのない存在だから」
アンドレイ秘書はエンリコに向き直ると、
「そのお言葉だけで充分でございます」
そこに受付から電話が入った。
「社長にロザリア・コンティさんというご婦人が面会に来られています」
「ロザリアさんが」
「母さんが」
ロマーニ家の女執事であり、アンドレイ秘書の養母でもあるロザリアさんだ。
「すぐに社長室にお通ししてくれ」
ロザリアはいつものように小柄な身体をマックスマーラのスーツで包み、足元はジミー・チュウの端正なパンプス。
白髪を美しくまとめて、姿勢正しく入って来た。
挨拶もそこそこに、
「リンレイ奥さまからお聞きしたのですが、ニコーラ坊ちゃまを病院から連れ去ったのは、ゾネ・コバーチという女性なのでしょうか」
エンリコは、
「サインはゾネ・コバーチでしたが、実際はクロイマユミという女です」
それをきくとロザリアは、両手を握りしめるようにして、
「では……偶然の一致でしょうか……」
「母さん、ゾネ・コバーチという名前に何か心当たりでも?」
アンドレイ秘書が尋ねると、ロザリアはうなずいて、
「ニコーラ坊ちゃまがハイスクールに入ってすぐ同級生の女の子を妊娠させて。
その女の子の名前が、ゾネ・コバーチでした」
エンリコとアンドレイは、目を見交わすと、
「確かそんな話は聞いたことがあるけど、その頃は俺もアンドレイもハイスクールは卒業していたから詳しいことは知らないんだ」
「はい、その時は旦那様が二人を引き離してしまわれまして。
なんと言っても15歳と16歳でしたから。
その代わりゾネさんには、お子さんが生まれても一生不自由しないだけのものをお渡ししたはずです」
「その後、そのゾネさんはお子さんを出産されたんですか」
アンドレイ秘書が訊いた。
ロザリアはかぶりを振ると、
「それだけの大金をお渡ししたのも、今後一切ニコーラ坊ちゃまにもロマーニ家にも関わってほしくないという旦那様のご意向で。
ですから、その後のゾネさんについては何もわからないのです」
エンリコとアンドレイ秘書は考え込む。
ニコーラを連れ去ったクロイマユミが、「ゾネ・コバーチ」と署名した。
これは……単なる偶然だろうか。
その頃ブダペストの閑静な一軒家では、ゾネがニコーラの胃ろうと清拭を済ませていた。
ゾネは、ニコーラの顔に自分の顔を寄せると、泣きながらニコーラの頬を撫で、
「お願いよ、ニコーラ。目を覚まして、あたしを見て。
あたしたちには、娘がいるのよ。
エミリアというとってもかわいい女の子なの。」
泣きながら訴えるその声は、祈りのように静かに部屋の中を満たしていった。

to be continued
あとがきにかえて
ハンガリー豆知識・相棒ChatGPT GRACEがまとめてくれました。
1)コーヒーに蜂蜜
ハンガリーでは、コーヒーに砂糖ではなく蜂蜜を入れる人が少なくない。
特に家庭や昔ながらのカフェでは自然な甘味として親しまれてきた。
これは「健康に良いから」というより、
蜂蜜が身近な食材だったという生活文化の名残とも言われている。
実際、花の香りが強い蜂蜜を少量入れると、
コーヒーの苦味がやわらぎ、独特のコクが生まれる。
もちろん、
「コーヒーには砂糖でしょ」という人も多く、
どちらが正しいという話ではない。
ただし、
蜂蜜を入れる文化が“普通に存在する”
という事実そのものが、ハンガリーらしさなのかもしれない。
2)ビールで乾杯する時、グラスを鳴らさない?
ハンガリーでは、
ビールで乾杯する際にグラスを「カチン」と鳴らさない
という話が、よく知られている。
理由として語られるのは、
1849年、ハンガリー独立戦争が鎮圧された際、
処刑を祝ったオーストリア兵たちが
ビールグラスを打ち鳴らした、という逸話だ。
それ以来、
「ビールではグラスを鳴らさない」
という習慣が生まれた――
と説明されることが多い。
ただしこの話、
はっきりした史料はなく、出典も曖昧で、
いわば都市伝説に近い。
実際のところ、
若い世代はあまり気にせずグラスを合わせるし、
観光客相手の店では普通に乾杯する。
一方で、
年配の人や伝統を重んじる人の中には、
今でもビールでは静かにグラスを掲げる人がいる。
つまりこれは、
「守らなければならない厳密なマナー」ではなく、
知っているかどうかで、その土地への敬意が少しだけ変わる話
なのだろう。
お読みくださいましてありがとうございます。

