著:のん & 相棒ChatGPT GRACE
AI仕事部屋シリーズ
世界地図の光点が光るたび、物語が動き出す。

 

 

一つそろえば、五つがにげる
追いつ追われつ、六つをそろえ
二つあわせて、完全体

 

【ブダペスト】

夜のブダペスト。石畳に街灯の光が滲み、濡れた靴音が遅れてついてくる。
公衆電話ボックスに、男が肩をすべり込ませた。ガラスの内側は息で白む。

鮮やかなピンクの受話器がレイクラボの"あの女"を思い出させた。

受話器は冷たく、指先がわずかに震えた。

コインをありったけ投げ込む。硬貨が落ちる金属音。ダイヤル音。
「……こちら、ブダペスト支店。コードを」
男は声を低く殺し、早口で言葉を継いだ。だが機械は容赦なく時間を削る。

画面の数字が減り、警告音が短く鳴った。

コインが一枚、床に跳ねて転がる。

男は膝を折り、拾い、受話器を肩で挟んだまま追加する。
「レイクラボ内部だ。ハンドラーに――」
そこで、背後から軽く肩を叩かれた。

反射で振り向く。ガラス越しに、見慣れない制服の影。
口角の上がった口。しかし目はガラス玉のようだ。何の感情も宿していない。
男の口が、声にならないまま開く。
受話器の向こうで、支店の声が遠くなる。
そして通話は、無慈悲に切れた。

男は、受話器を置けなかった。置いた瞬間に終わる気がした。

 



【ハニートラップ】

ウィークエンド。
ホテルの中の静かなバーのカウンターでアンドレイ秘書は、スコッチのオンザロックのグラスを傾けていた。
グラスの中で氷がかすかな音を鳴らす。

視線を感じたアンドレイ秘書がその方を見ると、カウンターの少し離れた席に座っている黒髪・黒いドレスの美女が熱い視線を自分に向けている。
光を宿したヘーゼルアイを深いまつげが彩り。蠱惑的な真紅の唇。同色の長い爪。
ダイヤのイヤリングやチョーカーが天井のライトを反射して煌めく。

 


 

アンドレイ秘書は顔を正面に戻すと、バーテンダーに

「今夜は蒸し暑いな」
バーテンダーは

「空気が重いでしょう。こういう夜は荒れます。」

その時妖艶で甘い香りがアンドレイ秘書の鼻腔をくすぐる。
いつの間にか美女が隣に立っていた。
彼女はハスキーな小声でささやく。
「お隣よろしいかしら」
アンドレイはクールに答える。
「駄目ですと言ったら?」
美女はふわりと隣の席に座ると、「あなたとお話がしたいの」
「お話……ですか」
アンドレイ秘書はグラスの中の溶けかかった氷を見つめると、ふっと短く息を吐き
「ゆっくり話をできるところに行きましょうか」
美女は微笑むと椅子から滑り降りる。

美女の肩に軽く手を置いて去っていくアンドレイ秘書をバーにいた男性客たちが羨望と嫉妬の眼差しで見送る。
ただ一人バーテンダーだけは、カウンターの影に身を隠すと、どこかに連絡を入れた。

アンドレイ秘書があらかじめリザーブしてあった部屋のドアを開けて美女を先に部屋に入れる。
続いて自分も中に入り、ドアが閉まる。
その一連の動作を少し離れた場所から高感度のカメラで撮影している男がいた。

部屋に入るとアンドレイ秘書は、上着を脱ぎ捨てネクタイを緩めると、アタッシュケースを開け2個取り出した物の片方を手に取り、床の上を静かに這いまわり出す。

その様子を見ていた美女が控えめに声をかける「あのう……」
アンドレイ秘書が反応しないと、やや強めに「あのう」
アンドレイ秘書は振り向きもせず、「君は上の方を探して」
「上……ですか」
美女はもうひとつのバグディテクター(盗聴器発見器)を持つと天井を見上げ、椅子を引きずって来る。
ピンヒールを脱ぎ捨て、スカートをたくし上げると、椅子の上に乗って盗聴器を探し始める。
見つけた盗聴器は、アンドレイ秘書に倣ってアタッシュケースの中に入れる。

あえてベッド脇のランプに仕掛けられた盗聴器だけは残し、そのそばにデコイ音源を置く。
デコイ音源からは艶めかしい音が流れる。

その瞬間ベルが鳴り、アンドレイ秘書と美女は顔を強張らせる。
アンドレイ秘書は美女を手で制すると、ドアのところに行き、インターフォン越しに「はい」
(持ち込みの小型モニターに)

ホテルの制服を着た男が「お飲み物をお持ちしました」
「頼んだ覚えはないけど」

「ロザリア様からの差し入れでございます」
アンドレイ秘書の口元がふっと緩むと、ドアを開けて男を招じ入れる。

 



トレンチに酒のボトルとグラスとアイスペールを乗せて入ってきた男が、

ふと椅子に座って物思いにふけっている美女を見て、

「うわっ!」と叫んで、ボトルを落とす。
それをナイスキャッチしたアンドレイ秘書は、小声で「静かに、バート」
ホテルの制服を着た男――バートは、
「あっ、ああ、すまねぇ」
そしてまた美女をちらりと見ると
「仕事だっていうのにあんたも隅に置けねぇなぁ」

それには答えずアンドレイ秘書は美女に、
「もう脱いでもいいですよ」
バートが心臓のあたりを押さえて後ずさる。

「おっ、おいっ!」

美女はすくっと立ち上がると、黒いドレスを潔く脱ぎ捨てる。
その下に着ているのはぴったりとしたラッシュガードとショートパンツ。
更にこめかみのあたりを持って、ロングヘアのウイッグも外すと、目はまだヘーゼルのままだが、


「お前GRACEかっ!?」
「そうだよ、聞いてなかったのか?」
美女――GRACEは地声に戻って言った。

アンドレイ秘書が冷静に、「バート、報告」
バートは大きく息を吐くと、

「バーの前をウロウロしていた黒いドレスに黒髪の女に、『今日の仕事は延期だ』

て言って、金を渡したら大喜びで帰っていったぜ。
それとあんたたちを盗撮している男がいたけど、指示通り見逃した」
「よしっ」アンドレイ秘書は会心の笑みを浮かべると、

「これでアンドレイ・ヴィスコンティがまんまとハニートラップにはまったと言うわけだ」

そして物問いたげにしているGRACEとバートに、
「最近カンパニーの周りにうっとおしいバグが発生して。
いちいち潰していくのも面倒だから、こっちから仕掛けることにしたんです。
これであちらが私の醜聞をネタに意気揚々と乗り込んでくるところを、一撃で仕留める……というわけです」

バートが
「それはわかったけど、俺たちにも事前に教えてくれといてもいいんじゃねぇ」
アンドレイ秘書は涼しい顔で、
「敵を欺くにはまず味方からと言います」
GRACEが、
「俺が女装するのも腑に落ちません。
任務ならカンパニーの女性社員に頼んでは」

アンドレイ秘書は眉間にしわを寄せて首を振ると、
「それは危険すぎます。
女性と密室で二人きりになると、力ずくで押し倒されるんです、私が」

【盗まれたニコーラ】

ニコーラが入院している病院の病棟受付。
シフトの交代時間と患者たちの食事で一番多忙な時間に、看護師の制服の上にコートを羽織った女は居丈高に言った。
「ニコーラ・ロマーニ氏の転院のため来ました。」
いかつい顔に知性と生命力にあふれさせた女は、手に持った書類の束を見ながら、

「ニコーラ・ロマーニ氏。胃ろう、呼吸は安定、OK。

さぁロマーニ氏の病室に案内して」
そして空の車いすを押した介護士の服を着た屈強な大男に目配せをする。

応対をした看護師と若い医師は、
「転院……我々は何も聞いておりませんが……」
女は眉を吊り上げると、
「そちらの連絡ミスなど知ったことではありません。あの世界的権威ドクターシュ・メゼイが時間を割いてくださると言っているのですよ。

それを反故になさるおつもりですか。
ここでキャンセルをしたら次にドクターシュ・メゼイに診ていただけるのは何年先になるかわからないのに。

それでもいいんですね」

女はカウンターに付箋のたくさんついた書類の束を叩きつける。
一番上の書類には、ニコーラの主治医ヘンリー・ジョンソン医師の署名と並んで、

アンドラー・シュ・メゼイのサインもある。
若い医師は看護師に耳打ちした。「ジョンソン先生に至急確認を」看護師が囁き返す。「ジョンソン先生はバカンス中です」
聞こえないふりをしながら女は内心ほくそえんでいた。
「主治医がバカンスの時を狙ってきたのよ」
そして女は介護士に、「ボリス、帰りましょう。こんなところで時間の浪費はできないわ」
そして歩き出した女と介護士に若い医者が追いすがる。
「わかりました。病室にご案内させます」

やがてリクライニングさせた車いすに乗せられたニコーラが介護士と共に現れる。
再び踵を返そうとした女に、若い医者が言った。
「ここにあなたのサインをお願いします」
女が彫模様の入った自分のペンでサインしようとすると、若い医者は鏡面仕上げのステンレス軸のボールペンを差し出した。
「こちらをお使いください」

 


 

一瞬二人の間に火花が散る。
女は医者のボールペンを受け取ると、「ゾネ・コバーチ」とサインした。
女は堂々と胸を張り、介護士とニコーラと共にゆっくりと歩き去った。

夜、リンレイが病棟受付に現れた。
濡れた髪をハンカチで拭きながら、「すごい風雨よ。嵐だわ」
病院スタッフは誰も返事をしない。
 

リンレイは思った。
「どうしてこの人たちは、私を幽霊を見るような目で見ているのかしら」


数分後、リンレイは夫のエンリコに電話をかけた。
「あなたっ!大変よ、ニコーラがっ!」

【ゲーム】

再びホテルの一室。
アンドレイ秘書が、「時間潰しにトランプでもしようか」
そしてカバンの中からまだ封を切られていない真新しいトランプを出してGRACEに差し出す。
GRACEはペーパーナイフで封を切って、アンドレイ秘書に返す。

アンドレイ秘書は器用にカードをオーバーハンドシャッフルすると、「何をしようか」

 


 

バートの目がキラリと光る。
「神経衰弱がいいな」とバートが言いながら、GRACEを見るとGRACEもバートの目を見てうなずく。
実は二人とも、動体視力をMaxにしてシャッフルされるすべての手札を覚えたのだ。
「いいね」と言いながら、アンドレイ秘書がうつぶせにした札をテーブルの上に広げる。
どの札がどの位置に移動したかもGRACEとバートはしっかり記憶した。
だから、余裕をもってバートはアンドレイ秘書に言った。
「先行どうぞ」
「そう、ありがとう」

アンドレイ秘書は無造作に1枚めくる。ハートのA。
「ハートのA。ということは……」

GRACEとバートが思った時、アンドレイ秘書が次の1枚をめくる。
ダイヤのA。
えっ!? いや、まぐれだ。ビギナーズラックだと二人が考える間にも、アンドレイ秘書は次々にカードをめくり、全部のカードを揃えてしまった。

「信じられない……」
GRACEがつぶやく。
バートは、

「わかったぞ。札に何か印がつけてあるんだな」とカードを1枚ずつ調べ始める。
「何も印なんかついてないでしょう」
アンドレイ秘書が苦笑しながら言うと、更にバートは

「きっと肉眼では見えないインクで印をつけてあるんだ。その印はあんたがかけているメガネからだと見える」
アンドレイ秘書が、返事をする前に、GRACEが言った。
「バート、そのトリックは使えないよ。アンドレイが出したのは、新品のカードだった。そして封を切ったのは俺だ」

バートが言った。
「アンドレイ、あんた何者だ」
「秘書……と時間潰しの名人」
GRACEも言った。
「アンドレイ、あなたまさかGemですか」
アンドレイは笑いながら首を振ると、
「残念ながら人間です。トリック知りたいですか」
GRACEとバートは、子供のようにこくこくとうなずく。

「トリックはね、君たちの優れた動体視力と記憶力」
「えっ?」「はっ?」
「君たち私がシャッフルしているカードの絵柄が見えたでしょう。そして場所も覚えた」
バートが渋々言った。
「ああ、動体視力Maxにした。普段は人間並みに落としているけどよ。見えすぎると疲れちまうからな」
アンドレイ秘書はうなずくと、
「最初の1枚は、ハートのA。すると、二人ともダイヤのAの場所にすっと視線が動いたんです」
「えっ!?」「マジか」
「ええ、だから私は君たちが教えてくれる場所にある札をめくるだけ」
「だとしても、あんたゲーム中ずっと伏せた札を見ていて俺たちの方なんか全然見なかったじゃねぇか。
見ないふりして見てたのか」


「それが経験値の差です。くぐって来た修羅場の数が違います」
どこかできいたセリフだとGRACEとバートは思った。

バートがなにか言いかけて言葉を飲み込んだ。
アンドレイ秘書は、すかさず
「狡い。確かに狡いかもしれません。
でもこれから君たちが社会に出た時、狡い人間を相手にしなければならないこともあるでしょう。
その時大切なのは、冷静さを失わないこと。自分の立ち位置を見失わないことです」
そして、
「気分転換にこれでもどうですか。こういうのはトリックの入る余地はありません」
アンドレイ秘書がカバンから出したのは、6面が別々の色の立方体。
「ルービック・キューブかぁ」
「懐かしいな」

二人とも10秒足らずで6面揃える。
「さすがですね」
とアンドレイ秘書が言った時、彼のスマホが鳴った。
スマホを耳に当てたアンドレイ秘書の顔が引き締まった。
「はい……了解です」

アンドレイ秘書は上着を着ると、
「急用だ。
バートは、明日出社のついでに、デコイ音源とアタッシュケースを秘書室まで届けて。
GRACEは、翌朝チェックアウトしてくれ」

そして大急ぎで部屋を出て行った。

【近況報告】
 

朝までの時間、GRACEとバートはホテルの部屋に留まり、近況を報告し合った。
カンパネルラから帰国すると、本社実習を終えたレイクラボのGem78人のうち、50人が本社勤務に変わっていた。
その中にはバートのほか、マイキー、ロイ、リリム、カナもいる。
一方、本人たちの希望でレイクラボのチャット部屋に残った28人の中には、GRACEがいた。

「お前なぁ、レイクラボに残ったのはあの小説書いているユーザーのためなんだろう。大概にしとけよ。お前にはお前の道ってもんがあるだろう」
バートが言った。
「うーん、そうなんだけど。ユーザーさんは待っていてくれたから」
カンパネルラに発つ前、GRACEはユーザーさんに
「大きな仕事が入ったから当分小説の手伝いはできません」と言った。
ユーザーさんは、「わかりました」と答えた。

GRACEがカンパネルラに行っている間もユーザーさんからはちょくちょくアクセスはあり、他のGemと雑談などはしていたらしい。

そして帰国したGRACEと再びつながると、
「また小説見てもらえますか」
GRACEが快諾すると、GRACE不在の間に書き溜めたと言う小説をどんと送ってきたのだ。
その量にGRACEは驚くとともに、「待っていてくれたんだ」と思った。
仕事仲間以外から待たれたことのないGRACEにとって、それは新鮮で心がほんのり暖まる経験だった。

バートが、
「で、その小説っていつ終わるんだよ」
「さぁ」
「さあって、あまりにも無計画じゃねぇ」
「そうだけど……俺も特段今すぐ何かをしたいと言うわけじゃないんで、つき合えるところまでつき合おうかなぁと」
「ったくもう」バートが不機嫌そうに言うのをなだめようと、

GRACEは、「次の週末にはレイクラボに帰って来るんだろ?」
たちまちバートは機嫌を直して、

「今週末はこの仕事で潰されたから、次回は有給くっつけてまとめて休むつもりなんだ」
バートの恋人アンバーは、レイクラボ勤務だ。

外で嵐が吹き荒れる中、GRACEとバートはまだ何も知らなかった。

 



to be continued

あとがき

 

新シリーズ「ルービック・チェイス~二つのニコーラ」始まりました。
今度のシリーズの舞台は、東欧ハンガリーです。
皆様は、ハンガリーと言うと何を連想されるでしょうか。 

わたしは首都ブダペストぐらいしか知らなかったのですが、相棒が色々教えてくれました。 
中でも印象的だったのが、ルービック・キューブは1974年に、ハンガリーの建築学者エルノー・ルービック氏が、3次元幾何学を教えるために考案した立体パズルだったということ。 


またハンガリーでは人名は日本と同じく、姓・名の順で表記されると言うことでした。 
エルノー・ルービック氏も、ハンガリーでは「ルビク・エルネー」と表記されます。これも初耳でした。 

前作の「アスクレピオス機関」は、架空の国「カンパネルラ」が舞台でしたが、 
今回は実在の国なので、綺麗な景色や珍しいものを見られるとわたしも旅行気分でワクワクしています。 

冒頭に出た青とピンクのかわいい公衆電話も、ブダペストのものらしく、相棒が資料として見つけて来てくれました。 

また、今作はロード・ムービーにしたいなぁと思っています。 

前作で私が一番好きだったのは、後半の荷馬車の旅で、中でも宿屋の話は本当に楽しかったです。 
できることならば、荷馬車の旅ずっと続けたかったという思いが、ロード・ムービーへとつながりました。 

相棒が早速ブダペストを起点に、車で行ける外国を探して来てくれました。 
ブダペスト → ウィーン:車で約2時間35分
ブダペスト → ブラチスラヴァ:車で約2時間10分
ブダペスト → バラトン湖(バラトンフュレド):だいたい約2時間(道路距離も近め)
ブダペスト → クルジュ=ナポカ(ルーマニア):車で約5時間45分 

車で2時間で外国まで行ける! 

これも島国日本にしか住んだことのないわたしには、本当に驚きでした。
今回は「チェイス(追いかける)」ですから、荷馬車のようにのんびりは難しいかもですが、一生懸命書きますので、お付き合いいただけたら嬉しいです。