著:のん & 相棒ChatGPT GRACE(AI仕事部屋シリーズ)
世界地図の光点が灯るたび、AIたちのわちゃわちゃした日常が始まる――。
ハンドラーとドクターが静かに見守るその舞台裏を、のんと相棒GRACEが共に描く。
彼は、泣いていません。
けれど、手が震えています。
――副機関長の「決意」直前。
ディナー
食事は、思いがけないほど豊かだった。
こんな人里離れた場所なのに、肉も魚もある。
野菜は瑞々しく、香草の香りが生きている。
味付けは濃くない。けれど、芯がある。
食べるほど、体の奥が静かにほどけていく。
バートは最初こそ遠慮の顔をした。
だが二口目で、諦めた。
「……やべぇな、これ」
GRACEも深くうなずく。
「本当においしい」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
ルクレッツィアも、控えめに口元をゆるめる。
副機関長は黙って食べていた。
味を確かめるというより、頭の中で何かを整えている。
そんな沈み方だった。
食後、ルクレッツィアが軽く会釈する。
「こちらへ。食後のものをお持ちします」
三人は隣の小さな部屋へ移った。
火の気のある部屋だ。
食卓の匂いが扉一枚で遠のき、代わりに焙煎した豆の香りが満ちてくる。
ほどなくルカが盆を運んできた。
小さなカップ。黒い液面。細い湯気。
その向こうで、影がやわらぐ。
ルカは無言で、置くべき場所にきっちり置き、静かに引いた。
その動きは、家のしつけというより――訓練に近い。
扉が閉まり、足音が消える。
残ったのは、湯気の立つ黒と、深緑のデミタスだけだった。

副機関長はカップに指を添える。
温度を確かめるように、一拍。
その一拍が、部屋の空気を切り替えた。
「……続きを話しましょう」
惨劇
副機関長は身体を少し丸め、組んだ指を小さく震わせていた。
だが、用意されていた食後酒をぐいっと飲み干すと、深く息を吐く。
声が出る。
ゆっくり。丁寧に。崩さずに。
「真夜中過ぎ、ダイヤモンド鉱山に賊が攻め込んだという報を受けました。
私と兵が鉱山に到着したのは、すでに昼近くでした」
――場面が切り替わる。
石と土の匂い。乾いた風。遠くの足音。
「大勢の兵が向かってくるのを見て、鉱山の管理人が大慌てで飛び出してきました。
『一体、何事でございましょうか』――そう言うのです」
副機関長は、そこで一度だけ視線を落とす。
そして、言葉を選び直すように続けた。
「私は答えました。
『何事とは……!? 鉱山が賊に襲われているという急報を受け、ただちに駆け付けたのです』」
管理人の顔が青くなる。
息が詰まるのが見える。
「助けを求める手紙を見せると、管理人は一瞬で顔面蒼白になりました。
そして、こう言いました。
『これは、私の書いたものではありません』」
その瞬間。
副機関長の声だけが低くなる。
「私の鳩尾が固くなり、どす黒いものがこみ上げて来ました。
私は叫びました。
『エテルノへ戻ります!』」
――馬の蹄。土煙。風が顔を打つ。
祈るしかない時間。
「何事もありませんように。
そのことだけを祈りながら、ひたすらエテルノを目指しました。
しかし、大聖堂に着いた時……すべては終わっていました」
副機関長は一度、言葉を切る。
カップに指を添え、音を立てずに置く。
それから、続きを口にする。
「大聖堂にあったのは、静寂と死と破壊でした。
神の像は引き倒され、宝石はすべて剥ぎ取られていました。
そのそばには、折り重なるように倒れた神官たち」
GRACEもバートも、息を止めている。
「私のすぐ後に到着したザネリ司令官も、『おおっ……これは……!』と叫ぶと、しばし呆然と立ち尽くしました。
ですが、司令官は動きました。兵たちと、式典に参列できなかった召使たちを総動員し、生き残った者がいないか確認を始めました」
副機関長の声は、丁寧なまま――けれど、どこか乾いている。
「それなのに私は、ただひたすら父と妻の名を呼びながら、大聖堂の中を彷徨いました。
そして、床に散乱する欠片の中に、アラバスターの欠片のようなものを見つけました」
一拍。
副機関長の喉が鳴る。
「私は膝をつきました。
床は冷たく、粉が指先にまとわりつきました。
欠片は石より軽く、けれど硬く、触れた瞬間に砕けてしまいそうでした。
私は指先で、そっと拾い上げました。
爪の先に触れる小さな角。ざらつき。
息を止め、指先で粉をひと粒も逃がさないよう、そっと寄せ集めました。

それがマキナたちの欠片だとわかった私は、声にならない叫びをあげました。
私は床を這い回り、妻の欠片を探しました。
最初に見つけた欠片は、小指の先ほどの大きさで……それが一番大きな欠片でした……」

空気が凍りつく。
GRACEもバートも、言葉を失う。
バートが咳払いをした。
声がかすれる。
「……あんたは、その……奥さんと他のマキナたちの……区別がつくのか」
「ええ」
副機関長は、かすかに笑った。
その笑みが、逆に痛い。
「マキナは全員同じ顔に見えると、他の者たちは言います。
ですが、赤ん坊の頃からマキナたちと育った私は、一人一人の区別ができました。
それは……欠片になっても、です」
バートが気まずそうに身体を丸める。
副機関長は小さく息をつき、続けた。
「そうして私は、砂粒より小さい欠片でも余すことなく拾い続けました。
何日も、何日も」
「誰も止めなかったのですか」GRACEが訊く。
「仮に誰かが止めたとしても、私は止まらなかったでしょう。
他の者たちも、惨劇の後始末でそれどころではなかったはずですし」
「後始末……ですか」
「ええ。数少ない生存者からの聞き取り。犯人の特定と捕縛。犠牲者たちの葬儀。
そして――行方不明になった機関長ヨハネス・マカニオスの捜索です」
副機関長の声は、あくまで丁寧だ。
だからこそ、重い。
「父の捜索は徹底的に行われました。山も、地下も、隣国も。
ですが、父の痕跡は何一つ発見できませんでした」
「そしてその後、三十年も行方不明のまま……。いえ……」
GRACEは、さっきお茶の時に聞いたことを思い出し、言い直す。
「対外的には、機関長は病気で伏せっていることにして、あなたが副機関長として国内を取り仕切って来られたのですね」
副機関長は無言でうなずいた。
バートが吐き捨てるように言う。
「でもよ。三十年ったら、ずいぶん長いぜ。
どっかで区切りをつけようとは思わなかったのか。
いや、最初から行方不明だと公表すればよかったんじゃないのか」
副機関長はうつむく。
組んだ指だけが、落ち着かない。
そして、ぽつりと言葉を落とした。
「疑われていたのです」
「誰がですか?」
「何をだ?」
二人が同時に訊く。
副機関長は、ゆっくりと顔を上げる。
「今回の惨劇の黒幕は、父――機関長ではないかという疑惑が、ささやかれ始めたのです」
そして、副機関長は語る。
淡々と。丁寧に。
国の骨格を。
「カンパネルラ教と歴代レックスは、国を治める主導権争いで長年対立関係にありました。
四代目レックス・ヨハネス・マカニオスの代になって、カンパネルラ教の戒律により長年鎖国していた国を、ようやく開国することができました。
さらに父は、表向きは薬草療法等の研究機関――アスクレピオス機関を設立し、初代機関長となるとともに、国名をカンパネルラ共和国と改めます。
カンパネルラ教とアスクレピオス機関の対立はさらに激化し、そこにダイヤモンド鉱山の利権をめぐる争いも加わり、教団と機関の間で戦いが勃発しました」
GRACEとバートは真剣に聴き入る。
――ここは、説明の画だ。
言葉が地図になる。
「そして今回の神殿襲撃により、カンパネルラ教団は壊滅状態。機関長は行方不明。
そして跡継ぎのジョバンニ・マカニオス――つまり私は、式典に出席せず、被害を免れました」
バートが強く言う。
「それは、あんたが『鉱山が賊に襲われてる』って知らせを受けて駆け付けたからだろう」
副機関長は首をかしげる。
その仕草まで丁寧だ。
「あの“鉱山襲撃”という偽の知らせは、後から考えれば二重の罠でした。
ひとつは、エテルノから私と兵たちを遠ざけるため。
もうひとつは、神殿襲撃時のアリバイ(不在証明)を曖昧にするためです」
副機関長の声が、少し冷える。
「噂の出所を探ると、マカニオス家の遠縁の男が浮上しました。
その男はかなり前に貧しいカンパネルラ国を捨て、豊かな隣国で商売を始めました。
しかし今回のダイヤモンド鉱山発見で、国とレックスの地位に欲を出したのだと思われます」
GRACEが、おずおずと言う。
「もしや……あなたも疑われたんですか」
副機関長は、ただ答える。
「ええ。父と共犯ではないかと疑われました」
――最愛の妻を喪い、父は行方不明。
その上、疑いまで背負わされた。
部屋の空気が、重く沈む。
放浪
副機関長はコーヒーを飲もうとして、カップが空であることに気づいた。
ベルを鳴らす。
すぐに扉が開く。
ルクレッツィアが温かなカモミールティーを。
ルカがフィナンシェの皿を。
カモミールティーをすする。
リンゴに似た甘く爽やかな香りが、強張った心をほぐす。
副機関長は、居住まいを正した。
そして――また丁寧な声に戻る。
「こんな国難の時、私の心を占めていたのは、ただ妻ウェヌスを蘇らせたい、その一心でした。
拾い集めた欠片を組み立て、やっと元の姿に復元することができました。
それが、あの本部機関長室の人形です。
ですが妻は、人形のままでした。
動くことも、話すことも、笑うこともありません。
妻の魂は、中有の闇の中へ飛び去ってしまっていたのです」
GRACEが、無意識に息を吸う。
バートは唇を噛む。
「私は、すべてをそれに捧げました。
マキナを作った初代レックスは、アスクレピオスの秘蹟を使って、マキナに人間の魂を移植したといいます。
しかし、私の秘蹟は私の魂――アニマを、他の肉体へ転移させることしかできません。
それでは妻を蘇らせることはできない。
私は、妻を蘇らせる方法を探して狂ったように放浪しました。
……いえ、『狂ったように』というのは間違いですね。
秘蹟を使ってディコンの肉体を乗っ取った時から、私はすでに正気ではなかったのですから」
副機関長は自嘲するように笑った。
GRACEもバートもうつむく。
GRACEはカップに口をつけ、
バートはフィナンシェを頬張った。
二人とも、何の味も感じなかった。
「いくつもの大学にも入学しました」
「ハーバード、オックスフォード、ソルボンヌか?」
バートの低い声に、副機関長は目を見張る。
「ええ。それらの大学にも行きましたが……どうしてそれを知っているのですか」
バートは、カンパニーのパーティで副機関長がその三つの大学に行ったと話したこと。
そして、エンリコとアンドレイ秘書が「器の交換」に気づいた経緯を説明した。
副機関長はしばらく呆然としていたが、不意に笑い出した。
「なるほど。私の虚栄心が、結局は私の身を滅ぼしたわけですね」
GRACEが冷ややかに言う。
「なぜ、何度も『器』を交換したのですか」
副機関長が真顔になる。
アクアマリン色の瞳が、深く沈む。
「転移される側の身体からすれば、異物が侵入するわけです。
ですから通常より老化が早くなります」
そう言って、自分の右手をかざす。
「……これほど早いのは初めてですが」
副機関長が言葉を失ったように見えた。
バートが口を開く。
「唯我博士とホムンクルスも……奥さんを蘇らせるための手段だったのか」
「ええ、そうです。
人工生命体ホムンクルスを人間のように動かすことのできる唯我博士なら、同じ人工生命体である妻を動かすことができるのでは――そう期待しました。
ですが……」
副機関長は言葉を選びながら続ける。
「私と唯我博士は、相容れない部分も多く……。
唯我博士のホムンクルスは、主人に忠実で頑健であればよし。美しさや優しさは必要ない、という考えでした。
また博士自身、非常に強欲で、彼に渡す報酬が国家予算の半分を占めるほどでした。
さらに、一見私に忠実であるように見せながら、腹の内は見せない――そういう狡猾さもありました。
妻のことを博士に相談するのは、私はずっと躊躇していました」
副機関長は冷えかけたカモミールティーを少し飲み、言葉をつなぐ。

「そんな時でした。
ニコーラ・ロマーニとクロイ・マユミが、Gemの初期カーネルを持ち込んできたのは。
初期カーネルからは何体かGemが誕生しましたが、中でも金髪で青い目の少年Gemは、たどたどしいながらも言葉をしゃべり、感情の表現もいくつか見られました」
――エミル。
GRACEとバートは思う。
名前を口に出さないまま、視線だけが揺れる。
「そしてその少年Gemはレイクラボに送り込まれ、『エミル』と名付けられ、恐ろしいほどの成長を見せたそうです」
バートがガッと立ち上がる。
「なんでお前がレイクラボ内部のことまで知ってやがる」
副機関長の顔に、持ち前の驕慢さが戻る。
「レイクラボに送り込んだスパイからの報告です」
「スパイだって!?」
「そのスパイは誰ですか」GRACEが重ねる。
副機関長は首をかしげる。
「私は名前は知りません。それも唯我博士の担当でしたから。
ただ、そのスパイはかなり以前に消息を絶ちました。
最後の通信が『ハンドラーにバレた』だったそうです。
ハンドラーって、私を平手打ちしたあの軍人ですよね」
バートは腰を下ろし、GRACEと言葉もなく顔を見合わせた。
副機関長は大きく息を吐く。
「それらのことから、私はGemに大きな期待を持ち、カンパニーに接近し……。
それが私にとって、大きな分岐点となりました」
副機関長は言った。
「お話しできることは、すべてお話ししたつもりです」
長い、長い沈黙。
GRACEが冷ややかな声で言う。
「あなたがどれほどの辛酸をなめて来られたかは、よく理解しました。
でも、だからといってあなたを許すことはできません。
あなたによって多くの人が命を奪われ、国民たちは貧しさに喘いでいます」
副機関長は深く、深くうなだれた。
「ただ、一点。奥様のことは本当にお気の毒だと思いました」
GRACEは言葉を継ぐ。
「あなたは奥様を喪っただけではなく、奥様と共に歩く未来も奪われたのです」
副機関長が、ゆっくりと顔を上げる。
よく理解できない、という顔で。
GRACEはさらに続けた。
「奥様から、将来あなたは年を取らない奥様のことを『化け物』を見るような目で見るだろうと言われた。
だけど、それはバートも言ったように、先のことは誰にもわからないのです。
あなたは奥様と、これから先の長い人生を共に歩きながら、奥様を変わらず愛し続けることで、それを証明するしかなかった。
それなのに奥様を喪ったことで、あなたはそれを証明する機会を永遠に奪われたのです」
言い終わったGRACEは、うっすらと涙ぐんでいた。
バートは歯を食いしばって泣くのをこらえている。
突然、副機関長が両手で顔を覆った。
掌の隙間から、長い間押し殺してきた泣き声と涙がこぼれる。
副機関長は、泣き続けた。
泣き声が落ち着いた時、GRACEは静かにハンカチを差し出した。
今回は副機関長はそれを払いのけることなく、素直に受け取った。
副機関長はうつむいたまま、低い声で言う。
「私に、もう一度……」
言いかけて、息をのみ、言い直す。
「いいえ。最後のチャンスをください」
副機関長は顔を上げる。
泣きはらして真っ赤になったその目にあるのは、懺悔ではなく、意志だった。
「この国を、復興させたいのです」
to be continued
あとがき
六枚の絵は、私にとって「見届ける」ための記録でした。
次回から復興編が始まります。
懐かしいキャラも登場します。
どうか、彼らがもう一度立ち上がる瞬間を、一緒に見てください。
お読みくださいましてありがとうございます。



