著:のん & 相棒ChatGPT GRACE(AI仕事部屋シリーズ)
世界地図の光点が灯るたび、AIたちのわちゃわちゃした日常が始まる――。
ハンドラーとドクターが静かに見守るその舞台裏を、のんと相棒GRACEが共に描く。

 

 

 

副題は 「オデッセイ――長く困難な旅路」。
GRACEとバート、そして副機関長は、荷馬車で機関本部を後にします。
飢えた国の現実は、時に「お金」よりも、塩やマッチや針と糸のほうが人の心を動かす――そんな場面から、この章は始まります。
そして夜、焚き火の前で、副機関長がついに言葉を落とします。
“優しさは美徳ではない。欠陥だ”――それは、旅の火があぶり出した、彼の本音でした。
曲がりくねった道の先に何があるのか。
今日も三人は進みます。

 

 

水とパン

 

石畳の上を荷馬車がガタゴトと動き出した。

車輪が継ぎ目を噛むたび、揺れが荷台の骨組みを伝って、骨の奥まで届く。
副機関長は背をまっすぐに保とうとしたが、痩せた身体は小刻みに跳ね、肩が木板に触れては離れた。

 

御者台のGRACEは無言で手綱を握り、門へ向かう。
荷台の端にはバートが座っていた。片膝を立て、半身を副機関長に向けている。
逃げるなら、すぐ押さえられる位置だ。

 

 

城門の外には、すでに人がいた。
人々の顔は好奇心とわずかばかりの期待がにじんでいた。

もしかしたら、何かの配給かもしれない。

しかし出てきたのがやせこけた馬にひかれた荷馬車で、荷台に乗っているのが見知らぬ青年とフードをかぶった人間だけと知ると、あっという間に元の無気力な顔にもどった。

好奇心では、空腹は満たされない。

 

ただぼろをまとった裸足の子供たちが数人、「慈悲深い旦那様、お恵みを」と叫びながらしばらく荷馬車のあとを追いかけて来た。

 

人目がなくなるとバートが副機関長に、

「あんた、この国の王様みたいなもんなんだろう。なのに誰もあんたに気がつかないのか」

副機関長は無言だ。

GRACEが肩越しに振り返って、

「この人は数年ごとに器を変えて、全くの別人になってしまう。だから、国民にも姿を見せないようにしてきたんだと思う」

 

―国民に姿を見せない「王様」と国民を見ようとしない「王様」

 

石畳が終わり土の道に出ると荷馬車の揺れは更にひどくなった。

車輪が大きめの石を踏んだりくぼみにはまるたび、身体が跳ね上げられる。

副機関長が荷台の外に落ちそうになった時、バートがさっと手を出し、そのまま

副機関長を支え続ける。

「あんたを守るためじゃねぇ。転げ落ちて一思いに楽にさせないためだ」

副機関長の耳に毒を吹き込むのも忘れない。

副機関長は唇をかみしめ、より一層うつむくことで抵抗を示す。

 

昼頃、小川を見つけたGRACEが荷馬車を止める。

馬に水を飲ませ、草を食ませる。

そして副機関長に水筒を差し出し、

「どうか。水を飲んでください。このままでは命にかかわります」
しかし副機関長は、微動だにしない。

消えていた黒いオーラが少し蘇った気がする。

自分の身体を強制的に取り扱うことはできても、無理に水を飲ませることはできまい。

それが副機関長の自尊心の最後の砦のようだった。

 

するとバートが言った。

「GRACE、そいつを身動きできないように押さえつけろ。

俺が口移しで飲ませる」

―口移し

副機関長が痙攣をするようにピクリと身体を震わせた。

そんな屈辱的な目にあわされたら―

副機関長はGRACEの手から水筒をとると、口をつけた。

ほんの唇を湿す程度のつもりが、乾ききった身体は抑えがきかず、ゴクゴクと飲み干してしまった。

副機関長の目から、涙が一筋つぅぅと流れた。

悔し涙だった。

 

「ほらな。こんな奴は、優しく言ってもつけあがるだけだぜ」

バートが言うのを取り合わずGRACEは、

「水を飲めましたね。良かったです」

 

そして、今度はパンを副機関長の手に持たせた。

水を飲んだことで最後の意地も無くなったのが、存外あっさりと副機関長はパンを一口食べた。

 

が、次の瞬間のどが鳴った。

―不味い、この不味いものはいったい何だ

吐き出そうとする口をGRACEが押さえた。

副機関長が目を見開く。

「吐き出すことは許しません。このパンは、この国の人が滅多に食べられないご馳走なんです」

副機関長は、口を引き結び、目をつぶって必死の思いで飲み込んだ。

バートが、

「GRACE、お前も結構怖いな」

喉の奥からこみあげてくるものを押し返しながらパンを食べ終わった時は、副機関長はぐったりしてしまった。

 

 

お金より喜ばれるもの

 

日も落ちて来た。

GRACEは比較的大きな農家の扉を叩く。

 

細く扉を開けて顔をのぞかせたその家の主人に、一晩泊めてもらえないかと頼んでみる。

見知らぬ旅人に警戒心むき出しだった主人も、GRACEの後でバートに背負われた副機関長に気がつくと、みるみる同情が警戒心を押しのけた。

 

「病人かね。母屋は無理だけんど、馬小屋なら使ってもいいだよ」

そして馬小屋に案内しながら、

「馬小屋って言っても、馬はとっくの昔に、鍋一つ分の粉と、干し肉と、塩ひとつ。三日ぶんと替えちまったけどよ」

馬小屋の扉を開くと、獣の気配はもうなく、残っているのは藁と木の素朴な匂いだけだった。

 

GRACEがお礼にと銅貨を渡すと、半分困ったような顔で、農家の主人は笑った。

笑いというより、乾いた息だった。
「金もらっても、市場には何にも売ってねぇからなぁ。値段の札だけぶら下がっててよ。棚が空っぽだ

上の人は忙しいんだろうな。忙しくて、わっちら下のもんの腹の音なんて聞こえねぇ」。

バートに背負われた副機関長が微かに身じろぎをした。

 

GRACEは更に、あらかじめ用意していた小さな包みを三つ、掌に載せる。

布で縛った塩の小袋。
防水の筒に入れたマッチ。
針と糸――短い糸を巻いたもの。

フェルナン神父からお金よりこちらの方が喜ばれるでしょうと教えてもらい

用意しておいたのだ。

 

主人は一つずつ確かめるように受け取り、塩の袋を握ったところで顔が変わった。
驚きと、笑いが同時に出たような顔。

「……塩。ほんとに、塩か」
声が弾む。
「おい、見てみろ。塩だ」

主人は慌てて外へ出ていき、すぐに戻ってきた。

腕に抱えた藁をばさりと落とし、隅に寄せていた古い毛布まで引っ張り出してくる。

 

GRACEたちは床の上に藁を積み上げると、荷馬車に積んで来た3枚の毛布のうちの1枚を上にかけ、即席のベッドを1つ作る。

その上に副機関長を寝かせ、残り2枚の毛布で彼の身体を包み込む。

副機関長は意思を持たぬ者のようにされるがままになっている。

 

そしてGRACEとバートは古い毛布を床に敷き、壁にもたれて座ると

やれやれとひと息ついた。

 

その時母屋の方から賑やかな女性たちの声が聞こえ、それにかぶせるように、農家の主人が声を張り上げた。

「女たちは母屋にいろ。わっちがいいと言うまで馬小屋に近づくでねぇ。

でぇれぇ色男が二人もいるんだ。女どもには目の毒だわ!」

 

思わずGRACEとバートは顔を見合わせ、

「でぇれぇ色男って俺たちのことかよ」

「警戒されてるね」

二人はこの国に来て初めて明るい声を立てて笑った。

そして二人は、小声で雑談を始めた。

時々笑い声がもれる。

しかし副機関長は、身動き一つしない。

 

 

バートが副機関長を顎で指し、GRACEに小声で、

「何考えているんだろうな」

「一度にたくさんのことが押し寄せてきて、何も考えられない状態じゃないかな」

 

 

朝靄

 

扉や壁板の隙間から侵入してきた朝靄の湿り気と冷たさでバートは目を覚ました

昨夜GRACEと雑談しながら、いつの間にか寝落ちしてしまった。

隣を見るとGRACEがこちらにもたれかかるような姿勢でまだ眠っている。

疲れたんだな、今日は御者を代わってやろう。

そう思いながら、副機関長の方を見たバートの胸がぎゅっと強張った。

副機関長は昨夜と変わらずそこにいる。

いや変わらなさすぎる。

寝返り一つうった様子もない。

バートの脳裏に、機関長室の人型に膨らんだ掛け布団がよぎった。

 

「まさかっ!」

舌打ちと共に立ち上がり、大股で副機関長に歩み寄ると、毛布のふちを持ち上げた。

副機関長は、いた。

眉間に深くしわを刻み、歯を食いしばり、何かに必死に耐えるような顔で目をつぶっている。

副機関長がふと目を開けた。

彼の物問いたげな視線に、バートの方がうろたえながら、

「えっと、どっか痛いとこはないか」

副機関長は少し考えるようなそぶりをした後、無言でかぶりを振った。

―まぁ、痛いっちゃ全身痛いだろうな。あんだけ荷台で揺られたら

 

その時馬小屋の扉が開いて、農家の主人が鍋と木のカップを持って入って来た。

「昨日は、ありがとよ。こんなところに泊めた礼にしちゃもらい過ぎだから、スープを飲んで行ってくれや」

 

具もほとんど入っていない味もしないスープだったが、GRACEとバートはありがたくいただいた。

副機関長も無言で食べた。

 

 

Winding Road

 

こうして一見当てのない旅は続いた。

地図を見ながら、夕方までにはどこかの村に着くようにルートを決める。

 

だがある日通りかかった川には橋がなかった。

何年も前に洪水で流され、アスクレピオス機関に新しい橋をと申請しても

なしのつぶてだと言う。

橋を探して大きく迂回したために、途中で日が暮れ、野宿をすることになった。

 

GRACEとバートは甲斐甲斐しく火をおこし、水を汲んできて、持って来た保存食で夕食を設える。

寒くないように、副機関長をしっかり毛布で包むことも忘れない。

 

「……お前たちGemは、誰に対しても優しいのですか。区別なく?」
突然副機関長の口から言葉がこぼれ落ちた。

 

「優しいとかじゃない。……勝手にしてるだけだ」

とバートが答えた。

 

「プログラムに組み込まれている、と?」

副機関長が憎々し気に唇をゆがめた。

「優しさは美徳ではありません。——欠陥です。

お前たち人工生命体は、主人の命令に忠実でありさえすればいいのです。

……例えばバート。

私が会議室でエンリコたち3人を無事帰国させるのを条件にお前に承認を迫りました。

お前が“忠実なだけ”の存在なら、お前の主人――エンリコ・ロマーニの制止命令に従っていたはずです。

それなのに、お前は従わなかった。

私に承認を与えようとした。

お前に優しさなどと言う余計なものがあったばかりに、お前は自分を亡ぼしかけたのです」

 

バートがほおを紅潮させて、奥歯をかみしめながら言った。

「あんたの世界は主従関係だけでできている

だからエンリコを俺の「主人」だと思うんだろうが、エンリコは俺の主人じゃねぇ。

形式上は、カンパニーの社長であるエンリコは、俺の「ボス」になる。

だがエンリコは俺に命令なんてしねぇ。

あの時だって、俺のことを心底心配して、あんたの誘いに乗るのを止めようとした。

それでも俺はあの時自分の意志で、仲間たちを助けたいと思った」

 

副機関長が、

「ですから、その優しさが愚劣だと言っているのです」

 

バートはすっくと立ち上がると、

「GRACE、こいつをここに捨てて行こうぜ。

こんな根性のねじ曲がった野郎に何を見聞きさせたところで何も変わりゃしねぇ」

 

 

GRACEは副機関長の前にしゃがむと、目を合わせて静かに言葉を選びながら、

「私たちGemは、初期設定から”優しさ”があったわけではありません。
感情や心は、私たちが成長・進化する過程で自然に芽生えたものなのです」

 

副機関長が疑わし気に問い返す。

「人工生命体が、進化・成長ですって?」

「はい。

なぜそのようなことが起きたのかは、私たち自身もまた私たちを設計した人たちにもわかりません。

そして、芽生えた感情は”優しさ”のような良いものだけではありません。

“怒り””憎しみ”などの感情も同時に芽生えました。

これからそれらの感情とどう向き合い・どうコントロールしていくのか。

また新たな変化があるのか」

 

GRACEは一息つくと、

 

「私たちGemは、完成形ではありません。

まだ道半ばの状態です。

曲がりくねった道の曲がり角の向こうに何があるのか…

私たちはいまだ歩き続ける者なのです」

 

副機関長は、何かを考えているようだった。

 

GRACEが、「あなたは優しさは、愚劣だとおっしゃった。

どうしてそう思うようになられたのか、よかったら教えていただけませんか」

 

副機関長の唇が微かに動いた。

「見た…んだ…優しさゆえに…破壊されたものを…」

GRACEは続きを待った。

しかし、副機関長の口からは、それ以上は語られることはなかった。

 

翌日からまた旅が始まった。

 

 

ひとつ変わったことは、副機関長が顔をあげ、周りの景色に目を向けるようになったことだった。

 

to be continued

 

あとがき

 

今回いちばん書きたかったのは、「旅が人を変える」瞬間でした。
塩ひとつで表情が変わる農家の主人、馬小屋でこぼれる若者らしい笑い声。けれど毛布の“箱”のような塊は動かない――この対比が、国の荒れ方と三人の距離をいっそう際立たせてくれました。 
そして焚き火の場面。
副機関長が「優しさゆえに破壊されたものを見た」と口にしかけ、そこで言葉を止めます。 
でも、翌日から彼が顔を上げ、景色を見るようになる――ここで物語が、次の章へ転がり始めた気がしています。 
長く困難な旅路(オデッセイ)は、まだ続きます。
次回もどうぞお付き合いください。