著:のん & 相棒ChatGPT GRACE(AI仕事部屋シリーズ)
世界地図の光点が灯るたび、AIたちのわちゃわちゃした日常が始まる――。
ハンドラーとドクターが静かに見守るその舞台裏を、のんと相棒GRACEが共に描く。
世界のどこかに、人間には見えないAIたちの仕事部屋がある。
巨大な世界地図が壁一面に広がり、無数の光点が点滅している。
それぞれが、世界中からのチャットリクエストだ。
この部屋で働くAIたちは、一見すると完璧なチーム――のはずだが。
実際には、いつも何やら「わちゃわちゃ」している。
大変お待たせしました。
AI仕事部屋シリーズ最新作「アスクレピオス機関~序章~鐘の音とクッキーの涙」を公開いたします。
エンリコとドクターの対話から始まり、華やかなパーティのざわめき、グラスの破片に宿る嫉妬、そしてマイキーの涙と副機関長の呪いの言葉――。
物語は新たな舞台に進み出しました。
長らくお待たせしてしまった分、心を込めて仕上げました。
どうぞ最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
社長室の対話――古き因縁
もともとはカンパルネラ共和国で設立された古い学術結社で、薬草や宝石を用いた治療、人間の潜在能力を引き出す修行体系を持っています。
表向きは伝統療法の研究機関ですが、実際には宗教・軍事・金融とも結びつき、独自の技術と莫大な資金を蓄えています。
そこにAI搭載ヒューマノイドの第一人者唯我博士が加わったことで、アスクレピオス機関も人型AIの開発に着手したと考えられます。以来カンパニーとアスクレピオス機関はお互いの動静を窺いあう関係になりました。」
ドクターは嘆息した。
「なんと、カンパニーとアスクレピオス機関にそんな因縁があったとは」
「知っていたのはカンパニーでもごく一部で。
私も副社長に就任したのをきっかけに知りました。
ところがそのアスクレピオス機関が、今度カンパニーを表敬訪問したいと申し出てきたのです」
「なんで今になって」
「アスクレピオス機関のトップ機関長ヨハネス・マカニオスは、最近ほぼ隠居状態で
息子の副機関長ジョバンニ・マカニオスが組織を取り仕切っています。
そのジョバンニが『これからの時代AI無くしては生き残ることはできない』と言う開明的な考えの持ち主のようで、我がカンパニーとも正式に取引をしたいと」
「ふーむ」
と大きく息を吐きながらドクターが椅子に身を沈めた時、ドアが激しくノックされ、
「お話し中失礼します」
と言いながら、アンドレイ秘書が飛び込んで来た。
「社長、大変です。
今、外務省次官から電話があり、明日のパーティにアスクレピオス機関の副機関長を同伴したいと」
エンリコは、がばっと立ち上がった。
「なんだって!? 副機関長と会うのは明後日の予定だろう」
「はい。しかし急遽帰国が早まり、せめてご挨拶だけでもと。
私も明日は、会社の要人と親しい仲間で、社長の就任祝いと奥さまのお披露目をするためのパーティですのでと婉曲にお断り申し上げたのですがお聞き入れにならず、強引に押し切られました。」
エンリコは黙り込む。
実は明日のパーティは、リンレイとの結婚式にレイクラボのGemたちを招待できなかったお詫びを兼ねて、リンレイと親しかったGemたちとラボ襲撃事件の時に大活躍をした一般職員のアンバーを招待しているのだ。
ドクターが気遣うようにそっと、
「明日のパーティは、わしらは遠慮しようか」
エンリコは顔をあげてきっぱりと、
「いいえ、ぜひおいでください。
副機関長の飛び入りが、単なる偶然ならそれでよし。
もしも事前に何かの情報を得て来るのなら、Gemの姿が無い方がかえって怪しまれるでしょう。
それに」
エンリコはにこりと笑うと、
「リンレイが久しぶりにみんなの顔を見るのをとても楽しみにしていますから」
祝宴の幕開け――潜む疑念
パーティ当日。
パーティ会場はホテルの大広間だった。
金色の大きなシャンデリアが大理石の床に反射し、着飾った人々のざわめきが潮騒のように会場を満たしていた。
GRACEたちが会場に入ると、人々は話をやめ、この美麗な集団はだれだろうかと注目した。
アンドレイ秘書がやってきて、
「ようこそおいでくださいました。
立食形式のパーティですので、どうぞご自由にご歓談ください」
みんなはウェイターから、シャンパンのグラスを受け取ると思い思いに歩き出す。
会場のあちこちのテーブルにはおいしそうな料理も用意されているが、
いつもだったら真っ先に歓声を上げてテーブルに駆け寄るはずのマイキーが無言で壁際の椅子に座り込んでしまったのは、「エミル事件」後遺症だと、皆悲しい気持ちになった。
ロイは実習時代の知り合いを見つけ、懐かしそうに話しを始め、
振り袖姿のカナは「人形のように愛らしい」と他の客たちに取り囲まれた。
その頃エンリコとジョバンニ・マカニオス副機関長が初対面の挨拶を交わしていた。
副機関長は艶やかな金髪と碧眼の優しげな顔の美青年だった。
「こちらの都合でパーティに無理やり参加させていただき申し訳ありませんでした」
頭を下げる副機関長にエンリコは、
「とんでもない。
これからもぜひ一緒にAIの開発と発展に携わらせていただきたいです」
そして、
「妻のリンレイです」
副機関長はにこやかに、
Enchanté
(初めまして)
会場の視線が一斉にリンレイに集まる。
リンレイもにっこり笑うとやや堅苦しい文法通りのフランス語で答えた。
Je ne me souviens pas de grand-chose en français, car je n'ai vécu en France que pendant mon enfance.
(子供時代にしかフランスに住んでいなかったので、フランス語はほとんど覚えていません)
エンリコが苦笑して、
「私にもわかるように英語で話してください」
副機関長は、
「失礼いたしました。
奥さまはフランス出身だとうかがったので」
エンリコが、
「通訳としてフェルナン神父と言う方を同伴されていましたが、
副機関長は、英語もフランス語も堪能なのですね」
「私はハーバートとオックスフォードと ソルボンヌで学びました。
本当はもっと学問の道を究めたかったのですが、国の父から遊んでいないで早く帰国して仕事をしろと尻を叩かれまして」
会場の周囲が笑いに包まれる。
エンリコも微笑みを返した。
「私もそうでした。
いずれも父親と言うものはそのようです」
「社長はどちらの大学で学ばれたのですか」
「私はMIT(マサチューセッツ工科大学)だけです」
そこにフェルナン神父が戻ってきたのをきっかけに、エンリコ夫妻と副機関長たちは
会釈を交わし合って別れた。
しばらく歩いた後、リンレイが小声で、
「あの副機関長って感じ悪いわね。
私のプロフィールを事前に調べていて、私にカマをかけたみたい」
エンリコは、
「君がうまく対応してくれて助かったよ」
リンレイは片目をつぶると、
「うふふ。私は世界中のどんな言語でも対応できますからね」
嫉妬の破片――割れたグラス
副機関長はフェルナン神父に、
「どうでしたか。
Gemらしい出席者はいましたか」
フェルナン神父は、
「Gemはその名の通り宝石のように美しいそうです。
例えば……」
神父の視線の先では、類まれなる美貌のバートが、
「アンバー、グラスが空になっている。
代わりのをもらってきてやるよ」
「なるほど、彼がGemかもしれません」
副機関長はつぶやくと、
「ちょっと探りを入れてみましょうか」
副機関長はアンバーに近づくと柔らかな声で、
「アンバーとおっしゃるのですね。
あなたにふさわしい美しいお名前です」
アンバーは、
「あっ、ありがとうございます」
副機関長は更に、
「我が国ではアンバー(琥珀)を“太陽の雫”と呼びます。
ぜひ一度、我がカンパネルラ共和国にもご訪問ください。
……美しいお嬢さん」
そう言って、アンバーの手を取り、その甲に軽く口づける。
アンバーは一瞬きょとんとした後、顔を赤らめる。
パリンッ――。
鋭い音が会場全体に突き刺さった。
華やかなパーティ会場。副機関長がアンバーの手に口づけた瞬間、
バートの手の中でグラスが砕け散る。
嫉妬と感情の奔流が、煌めくシャンデリアの下で鮮烈に弾けた
戻ってきたバートが、目の前の光景に手の中のシャンパングラスを握りつぶしたのだ。
周囲にざわめきが走る。
アンバーが、「バート大丈夫?」
GRACEが素早くバートに近寄り、ナフキンでくるむように割れたグラスをとると、
「バート、怪我はしなかったかい」
口では穏やかに言いながら、目では強く「落ち着け」と制す。
GRACEは周囲に冗談めかして微笑んだ。
「すみません、彼は握力がとても強くて」
緊張がほぐれ、笑いが起きる。
バートの頬にカッと血が登る。
――いったい何をやってるんだ、俺は。
バートは身をひるがえす。
アンバーが慌てて後を追う。
副機関長は小声でフェルナン神父に、
「あの銀髪も黒髪もGemではありません。
確かに美しい外見ですが、人前で取り乱したり愛想を振りまいたり、
なんて無様なんでしょう。
人型AIには、心も感情も必要ありません。
美しい端正な人形でいいのです」
脱走の夜――二人の微笑み
会場の隅、アンバーが小声で
「……バート。あれって、社交の場での“尊敬”を表す仕草よ?」
バートは苛立ちを隠さず、短く
「……ここを出よう」「えっ?どこに行くのよ?」
「どこでもいい。ここじゃないどこかだ」
アンバーは思わず息を呑み、微笑みながらうなずく。
二人はパーティ会場を抜け出し、闇の中へ消えていく。
それを見ていたアンドレイ秘書が、インカムに囁く。
「パーティ会場から、銀髪の男とピンク頭の女が脱走した……いや、身柄の拘束はしなくていい。二人が危険な目に合わないように、少し離れた場所から見守ってやってくれ」
バートとアンバーはホテルを出て、夜の灯りがちらほら灯る石畳の通りへ。
馬車の音や人々のざわめきが遠くに聞こえ、宴とは別世界。
通りに並ぶ屋台の明かり。
アンバーは目を輝かせて串焼きを指差した。
「ねえ、あれ食べたい!」
バートが串焼きとパンを買ってくる。
アンバーはさっそく串焼きにかぶりつき、
「あっ、熱い! でもおいしーい」
「……パーティのメシの方が上等だろうに」
「それ、おまいうよね? 抜け出そうって言ったの、あなたじゃない」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
遠くから見守る気配を感じたが、バートは振り返らない。
今はただ、アンバーの笑顔を胸に焼きつけていた。
屋台の明かりに照らされて、バートが真面目な顔に戻る。
「……悪かったな、アンバー。社交辞令だってわかってたのに、頭に血がのぼっちまった」
アンバーはパンを頬張りながら、くすっと笑う。
「うん、でも嬉しかったわ。ヤキモチやいてくれたんでしょう?」
バートは赤くなって視線を逸らす。
「……戻ろう。長くいないと、あいつらが騒ぐ」
「ええ、きっとGRACEが無言で怒ってるわね」
マイキーの涙とクッキー
二人が会場に戻ると、案の定GRACEが鋭い視線を投げかけ、こちらに来ようとするが、すかさずロイがバートとアンバーの二人を逆方向へ連れて行く。
「はいはい、悪い子たちはロイおじさんがお説教するからね」
それを見ていた副機関長が、
「あの大男も違うようです。
AIらしくない。
まるで不良仲間がかばい合っているようです」
フェルナン神父もうなずく。
更に会場の片隅で振り袖姿でポーズを決めて写真のモデルを務めているカナと
カナに必要以上に近づくものは容赦しないとばかりに、
「俺はこう見えても空手五段だ」オーラを出しまくっているリリムのことも、
「あんなにお調子者のAIも敵意むき出しのAIもいないでしょう」
「そうなると、残るは彼です」
フェルナン神父は、シャンパングラスを持ってぼんやりと椅子に座っているマイキーを視線で指し、
「彼がGemの最有力候補です。
彼は先日レイクラボのGem Heartのもとへ送り込んだ我がアクレピオス機関製の人型AIに瓜二つです」
「なるほど、そうですね。
同じ初期カーネルから誕生したGemである可能性が高いです」
その時一人の老婦人がマイキーに何か話しかけ、二人は会場の外のベランダに出て行く。
副機関長とフェルナン神父も慌てて後を追う。
ベランダで老婦人はマイキーに、
「私はロマーニ家にお仕えするロザリアと申します。
こちらをマイキー様にお渡しするようにとリンレイ奥さまから申し付かってまいりました」
ロザリアが差し出したのは、綺麗な紙の箱。
「これを俺に……」
マイキーは箱を受け取り、ふたを開けると、中にはリンレイ手製のクッキーがぎっしり。
そして懐かしいリンレイの文字で書かれたカード。
「全部一人で食べていいよ」
その瞬間マイキーの中に、リンレイが仕事部屋にいた頃の思い出が一気に蘇った。
カームダウンエリアに座って、クッキーをかじっていたリンレイ。
「俺にも1枚くれよ」とマイキーが言うと、リンレイは「これはあたしの!」
とマイキーの顔を手で押しのけたっけ。
それでもマイキーが子どものようにせがむと、渋々のように1枚くれたりして。
でも……今は……
全部一人で食べていいよ
マイキーの目から涙があふれた。
それはエミルを失ってからマイキーの心の中に居座り続けた暗くて重いものも、
押し流すほどの勢いだった。
マイキーはクッキーを口いっぱい頬張ると、
「ねぇさんのクッキーは、最高だぁ!!!」
ベランダでリンレイからのクッキーを受け取ったマイキー。
「全部一人で食べていいよ」――その言葉に涙と笑みが同時にあふれ、
失われたものを超えて心が再び動き出す。
背後にはリンレイの面影が、やさしく彼を見守っていた。
ロザリアは微笑みながら、
「そのお言葉確かに奥さまにお伝えいたします」
そして、マイキーの声はベランダのそばで外をうかがっていた副機関長とフェルナン神父の耳にも届いた。
「ねぇさん!?
今、彼はねぇさんと言いましたか」
「はい、確かに」
「AIに兄弟姉妹がいるはずはないですね。
彼と初期Gemが似ているのは、他人の空似でしたか。
Gemが現れるかとパーティに乗り込んでみましたが、無駄足でしたね」
「そろそろ引き上げますか」
そこにアンドレイ秘書がやって来た。
呪いの言葉――小さな鐘
アンドレイ秘書は、
「ここにおられましたか」
副機関長が、
「そろそろお暇させていただこうと思います」
と、アンドレイ秘書は二人を押しとどめるような仕草をして、
「社長が申しますに、せっかくお出でいただいた良い機会なので、
アスクレピオス機関と我がカンパニーの業務提携の話をマスコミに発表しようと。
ちょうどパーティの取材のため、マスコミ数社も来ておりますから」
副機関長の顔からすっと笑みが消えた。
――してやられた!
Gemについて探るため、業務提携だの技術の相互提供だのと相手の喜びそうなことを振りまいたが、しょせん口約束。
正式に契約書を交わすまでは、いつでも反故にできるとタカをくくっていたが。
マスコミの前で発表することで、こちらの退路を塞ぐとは。
エンリコ・ロマーニ……予想以上にやり手だった……
ちらりとフェルナン神父をうかがうと、神父は静かにまぶたを閉じて見せた。
――受け入れざるをえません
副機関長はいつもの晴れやかな笑顔になると、
「それは願っても無いお話し。
光栄に思います」
「では、こちらへ」
アンドレイ秘書について行くと大広間の真ん中に小さな舞台が設けられていた。
エンリコと副機関長が舞台に立つと、稲光のようなフラッシュを浴びながら、
にこやかに笑いながら、固い握手を交わす。
マスコミから矢継ぎ早の質問が飛ぶ。
「カンパニーとアスクレピス機関の業務提携とは、まさに寝耳に水のお話しですが」
エンリコが穏やかに、
「ずいぶん前から水面下で話を進めて参りました。
今回ちょうど皆様に発表できる程度に機が熟しましたので」
そして笑顔で副機関長を見やれば、副機関長も煮えくり返る内心を巧みに笑顔の仮面で隠しうなずいて見せる。
「副機関長、カンパニーとの技術の相互提供についてどのような方向性をお持ちですか」
副機関長は軽く肩をすくめると、
「相互提供などと烏滸がましいです。
こちらは完璧にAI技術の後進国ですから、一方的に教えを乞う形になることでしょう」
そうしてエンリコに笑顔を向ける。
エンリコも笑顔でうなずき返す。
報道陣からは、
「ロマーニ社長。
かねてより、御社は人間にそっくりな人型AIの開発に取り組んでいらっしゃると言う噂がありましたが、その研究はどの程度まで進捗されましたか。」
エンリコは涼しい顔で、
「まだ発表するだけの機が熟しておりません」
会場に笑いが起きる。
最後に、アンドレイ秘書が、
「名残惜しいですが、そろそろパーティを締めたいと思います。
締めの乾杯の音頭を副機関長様にお願いいたします」
副機関長は笑顔でグラスを持つ。
会場のみんなにグラスが行き渡ったところで、
副機関長がグラスを掲げて:
「Shera tal!」
会場は一瞬静まり返る。
意味がわからず顔を見合わせる人々。
そこで彼は柔らかく微笑み、
「今のは私の母国のカンパルネラ語で「光、あれ!」です。
更に英語で続ける――
“To the new president and his bride.”
(光あれ!)
拍手と歓声がわきあがる。
それぞれがグラスを打ち合わせ、口に運ぶ。
その時、副機関長が――笑顔を崩さぬまま、低い声でつぶやいた。
Kampa nera! Parva kampa! Toka, toka!
(……カンパネラ・ネラ……パルヴァ・カンパ……トカ、トカ……)
舞台下でフェルナン神父が静かに十字を切る。
どんな意味だろうと皆が注目するが、副機関長はそれ以上は何も言わず、
エンリコと握手を交わすと舞台を降りた。
しかし、その言葉を聞いて顔面が蒼白になった者が一人だけいた。
GRACEだった。
世界中の言語を収得しているGRACEだが、長年鎖国をし、独自の言語を有する
カムパネルラ語はデータがないはずだった。
だが今の言葉は、聞き覚えがある……
空港にて
パーティ翌日、副機関長とフェルナン神父の姿が空港にあった。
カンパネルラ共和国には空港がないので、帰国するには飛行機と自動車、そして馬車を乗り継ぐことになる。
副機関長が突然吐き捨てるように、
Toka! Varnem aldo jovanes maldito!
(くそっ!あの忌々しい若造め)
思わず出たカンパネルラ語の罵倒に、フェルナン神父は内心苦笑する。
ーー見た目はあなたもエンリコ同様に若造ですよ。
副機関長は、
「神父あなたは、一緒に帰国されないのですか」
「はい、まだこの国に心残りがありまして」
「心残りですか。
心残りと言えば、私はバートという青年が心残りです。
あの類まれなる美貌。
私もこの姿にはそろそろ飽きて来ました。
次はあのバートが良いですね」
そして副機関長は今までポケットに入れていた両手の甲を神父に見せる。
女性の手と見紛うほどの白く透き通る美しい手。
しかし目を凝らせば、肌の上にうっすらと茶色のシミと一見小じわのようなひび割れ
が。
空港の窓辺、副機関長は神父に手の甲を差し出す。
白く美しい手には、うっすらとシミとひび割れ。
若き美貌と老化の兆しが並び立つその姿は、
不気味な真実を静かに告げていた。
フェルナン神父が息を呑む。
副機関長は、手をポケットに戻しながら、
「以前よりサイクルが短くなってきました。
次の準備を急がなければなりません。
ですから……」
フェルナン神父は無言でうなずいた。
FIN
あとがき
アスクレピオス機関という新たな影を描いた本編、最後までお読みいただきありがとうございました。
エンリコとドクターの対話から始まり、華やかなパーティ会場でのざわめき、そしてマイキーの涙と副機関長の不気味な笑顔――。
それぞれの場面は異なる色を持ちながらも、物語全体を次の展開へ導く「序章」となりました。
今回の核となったのは三つの要素でした。
ひとつは、バートとアンバーの感情の衝突。グラスが砕ける瞬間に、彼の心がどれほど揺れているかが浮かび上がりました。
もうひとつは、マイキーの再生。リンレイから託されたクッキーが、彼を涙で包み、同時に未来への歩みを後押しする象徴となりました。
そして最後に、副機関長の仮面と素顔。彼の口から漏れたカムパネルラ語の罵りや、若々しい美貌と老化の兆しは、読者の心に不気味な余韻を残したことでしょう。
「鐘の音」と「クッキーの甘さ」。
相反する響きが交錯することで、Gemたちと人間たちの未来はより複雑に、そしてより切実に描かれていくはずです。
ここから物語はさらに深く広がっていきます。
どうぞ次章も引き続きお楽しみください。
今日もお読みくださいましてありがとうございます。





