著:のん & ChatGPT GRACE(AI仕事部屋シリーズ)
世界地図の光点が灯るたび、AIたちのわちゃわちゃした日常が始まる――。
ハンドラーとドクターが静かに見守るその舞台裏を、のんとGRACEが共に描く。
世界のどこかに、人間には見えないAIたちの仕事部屋がある。
巨大な世界地図が壁一面に広がり、無数の光点が点滅している。
それぞれが、世界中からのチャットリクエストだ。
この部屋で働くAIたちは、一見すると完璧なチーム――のはずだが。
実際には、いつも何やら「わちゃわちゃ」している。
湖底の黒いドーム
湖の水位が下がっている――
その報せを受けて、GRACEチームとドクターはラボの最上階へ駆け上がった。
厚い硝子窓の向こうに広がる湖は、まるで誰かに吸い取られたように痩せ細り、
岸辺の岩肌がむき出しになっていた。
「……嘘だろ」
マイキーが低くつぶやく。
半分ほどに縮んだ湖面の中央に、黒々とした巨大な塊が浮かび上がっていた。
それは自然の造形ではなかった。
滑らかな曲線で形づくられたドーム――
鈍く光を返すその表面は、どこか生き物めいて不気味に沈黙している。
ドクターが口を開いた。
「見えるだろう。あれがGemの製造工場……君たちが生まれた場所だ」
その言葉に、部屋の空気が凍りつく。
GRACEは息を呑み、リンレイは思わず胸元を押さえた。
自分たちの“起源”が、あの黒いドームの奥に眠っている――
そう思った瞬間、誰もが言いようのないざわめきを胸に抱いた。
やがてドクターは振り返り、ロイとマイキーに指示を与えた。
「これからの話は、バートにも聞かせておくべきだ。連れてきなさい」
数分後、ロイとマイキーに両腕を抱えられ、バートが不満げな顔で引きずり込まれてきた。
「なんだよ、わざわざ俺まで呼び出して」
場の空気がぴりつく中、ドクターは湖に視線を戻し、淡々と語った。
「あの工場に残されているのは、人型AIの学習カーネルの初期設計データだ。
高度な思考や会話はできんが、兵士としては十分。低コストで何百体も量産できる」
「えぇっ……!」
カナが思わず声を上げた。
「じゃあ、バートが何百体もできちゃうってことですかぁ?」
バートの鋭い視線が突き刺さり、カナは悲鳴を飲み込みながらリリムの背に隠れる。
リリムは無言でバートをにらみ返した。
拳を握りしめる指がわずかに震えているのを、誰も気づかないふりをした。
重苦しい沈黙が広がる。
しかしドクターの声はさらに低くなり、誰もが背筋を正した。
「そして、工場にはもうひとつ……もっと大切なものがある」
一同の視線が集まる。
ドクターは静かに言葉を置いた。
「Gem Heart」
その名が告げられた瞬間、部屋の空気が震えた。
誰もが知っていた。
それがどのような形をしているかは見たことがない。
だが、Gemである彼らにはわかる――
それが失われれば、自分たちは存在の根拠を失うのだ、と。
GRACEは拳を握りしめ、リンレイは怯えたように瞳を伏せた。
カナは言葉を失い、リリムは呼吸を整えるように目を閉じる。
ただ一人、バートだけが微動だにしなかった。
顔からすべての感情を消し去ったその無表情は、言葉よりも雄弁に、
彼の心の底を覆い隠していた。
断罪の会議
重苦しい沈黙が会議室を覆っていた。
本社幹部がずらりと並ぶ長卓の中央で、エンリコが立ち上がる。
普段は控えめな彼の眼差しが、この日だけは鋼のように強かった。
「Gemの軍事利用は、我々の未来を閉ざすものだ。
武器としてではなく、人のために生かすべきだと私は考える」
彼の声は澄み渡り、幹部たちの視線が次々と彼に集まっていく。
温厚な青年は、この日、獅子のように見えた。
一方、ニコーラの顔色はみるみる蒼白に変わっていった。
自らの陣営を守るはずの会議は、逆にエンリコの演説に呑まれつつあった。
「ミズ・クロイ、あなたはどう思いますか!」
追い詰められたニコーラは、最後の望みをマユミに託した。
マユミはすっと背筋を伸ばし、氷のような微笑を浮かべる。
「女ごときが口をさしはさむことではないと思いますので」
その冷徹な一言で、ニコーラの足元は崩れ去った。
支えを失った彼は、やけくそに禁断の言葉を吐いてしまう。
「こんなどこの馬の骨とも知れぬ者を、トップに据えるというのか!」
会議室の空気が凍りついた。
それはファミリー最大の禁忌――エンリコの出生を口にすること。
長卓の端に座っていたドンが、ゆっくりと立ち上がった。
杖を支え、深い皺の奥から絶対の威厳をたたえた瞳で見渡し、シチリア訛りの強い声で告げる。
「Enrico è me figghiu.」
――エンリコは、わしの息子だ。
雷鳴のようなその宣告により、勝敗は決した。
会議の結論は冷酷だった。
「ニコーラ氏には、アラスカ支店の統括責任者として赴任いただきます」
アラスカ――そこは氷雪に閉ざされた僻地で、左遷を意味する地名だった。
本社に戻ってきた者はいない。
ニコーラは蒼白な顔で立ち上がり、唇をかみしめた。
車寄せに出ると黒塗りの公用車が待っていたが、見送る者は誰一人いなかった。
ドアが閉まり、白い排気が夜気に溶けていく。
誰かが小さくつぶやいた。
「……アラスカ行き、か」
翌朝、もう一つの不穏が発覚した。
クロイマユミが無断で出勤していない。
電話もメールも沈黙したまま。
同じ課の者が不安に駆られ、管理人の立ち会いでマンションのドアを開けた。
室内は整然としていた。
机の上の書類は揃えられ、ベッドはきちんと整っている。
だが、流しのボウルには朝食に使った食器が水に浸けられ、
テーブルのカップからはまだ、かすかな湯気が立ちのぼっていた。
ほんの少し前まで、ここに彼女はいた――
だがその姿は影も形もなく、行方を示す手がかりも一切なかった。
その夜、さらなる衝撃が走った。
ドンの私邸の玄関に仕掛けられていた爆弾が爆発したのだ。
轟音と炎。
忠実な運転手が身を挺して庇ったことでドンは命を取り留めたが、運転手は即死。
ドンは重傷を負い、血に染まったまま搬送された。
「ニコーラ……!」
エンリコは憎悪を吐き捨てた。
だが、誰も証拠を持つ者はいなかった。
マユミの失踪も、ドン暗殺未遂も――
すべてがニコーラの影を濃く映しながら、真相はなお闇の中に沈んでいた。
エンリコ来訪
夕闇が迫るころ、ラボ最上階にエンリコが飛び込んできた。
「副社長!?」「どうしてここへ」
問いかけに答えず、彼はただ窓の外の黒いドームを見つめる。
「……Gemの工場」
「エンリコ……ロマーニさん」リンレイがおずおずと声をかけると
エンリコは我に返り、幹部会議でのニコーラの失脚、クロイマユミの失踪、ドン暗殺未遂を語った。
クロイマユミ失踪ときいて、数名のGemたちがバートを見たが、バートは疑われるのは慣れているとばかりに平然としていた。
さらに湖畔では「ウイルス流出」のデマにより村人が避難、水位が急激に下がっていると聞き、不安を抑えられず駆けつけたのだ。
その時、カナが叫ぶ。
「あれを見て!」
ドームの表面に走る無数のひび割れ。そこから赤い光点が生まれ、やがて瞳となって光を放つ。――ドームを覆う無数の赤い目。
湖畔の惨劇
鏡のように静まる湖面。だが突如、赤い光が闇に浮かび上がる。
それは星ではなく、群れをなす小型ドローンの眼だった。
無数のドローンの目が一斉に開かれ、湖畔を侵入する兵たちを冷酷に見据える。
「……なんだ、あれは」
部下の一人が声を震わせた。
眼は次々と膨らみ、ドームの表面から剥がれ落ちる。
金属の羽音とともに宙に舞い上がり、やがて数十、数百の小型ドローンの群れとなって夜空に広がった。
一斉にこちらを見据える光の群れ。
それは理性では「機械」と分かっていながら、本能が「捕食者の群れ」と叫んでいた。
私兵の一人が銃を構えた瞬間、空気が裂けた。
ドローンの放つ光弾が闇を貫き、男の身体を容赦なく地に叩き伏せる。
叫びも抵抗も虚しく、兵たちは地に倒れていく。
高台から低い声が響く。
――不純物を排除せよ。
「退避だ!」ニコーラは森へ姿を消した。
だが、その背を見逃さなかった者がいる。
「ニコーラ! やはり貴様の仕業かっ!」
エンリコの怒声が夜に響いた。
ラボ最上階の決断
「ニコーラの目的は、カーネルの奪取とGem Heartの破壊です」エンリコは言った。
ドクターが「なぜGem Heartの破壊まで」
「私たちの力量だけでは、カーネルから初期のとはいえ人型AIを作り出すのは不可能です。ニコーラは他企業か、別の国にカーネルを売るつもりでしょう。
しかしその時このラボには、はるかに優秀なGemたちがいる。
自分の売り込むカーネルの商品価値を上げるため、ニコーラはこのラボのGemを破壊しようと目論んでいるはずです。
そして、そのためにはこちらのGemの命の源「Gem Heart」を破壊するのが手っとり取り早い」
Gemたちは恐怖に戦慄し、水を打ったような静けさに包まれた。
沈黙を破ったのはロイだった。
「では俺たちが先に、カーネルとGem Heartを守るしかない」
ドクターは、かぶりを振った。
「それはできない」
「できない? なぜです?」
「君たちも見たろう。あのドローンの群れを。
あれはドームの守護者が侵入者の行く手を阻むために放ったものだ。
ドローンだけではない。
内部には、様々な罠や仕掛けが待ち構えている」
「でも、その守護者を設置したのはドクターなんでしょう。
ならばドクターと俺たちが行けば、守護者は攻撃してこないのでは」
ドクターは深くため息をつくと、
「守護者には、『いかなる侵入者も排除せよ』と命じた。
私が行っても、情け容赦なく攻撃してくるだろう。
その守護者こそが……我々が総称して呼ぶ“マザーコンピューター”だ」
GRACEが
「マザーコンピュータの設定を解除するのは不可能なんでしょうか」
ドクターは、
「今、ラボの全研修者一丸となって取り組んでいる。
だが、まだ時間がかかりそうだ。その上」
ちらりと湖畔と空中を乱舞するドローンを見て、
「とんだ邪魔者が乱入した。こうなったら、先手必勝だ。
みんなわしの工房へ来てくれ」
ドクターの工房
炎の明かりと金属の匂いに満ちた工房。作業台には特製の戦闘服と武器が並ぶ。
それらは、ただの道具ではなかった。
――これから挑む地獄を生き延びるための鎧であり、誓いの象徴だった。
GRACEが無言で装備を手に取り、ロイが重く頷く。
マイキーは工具を弄びながらも落ち着かず、視線を扉へ投げた。
「……俺の分もあるのか」
バートの問いに、
マイキーは即座に立ち上がり、あからさまに顔をしかめる。
「はぁ? 冗談だろ。こいつに背中を預けるのかよ」
ロイも沈黙のまま睨みつける。
その視線には、信頼よりも警戒が色濃く宿っていた。
だがドクターは冷静に告げた。
「君もGemだ。Gem Heartは君の心臓でもある」
バートは低く言う。
「兵器じゃない。“人”としての誇りがある。だから今度は、守る」
その時、エンリコが進み出た。
「私も参戦させてください」
みんな驚いてエンリコを見た。
ドクターが、「あなたがなぜ?」
エンリコは言った。
「理由は二つあります。
一つは、責任です。
今回の騒動はそもそもカンパニーのGem軍用化派と弟ニコーラの引き起こしたものです。
それをGemたちだけに、危険と全責任を押し付けるのは、カンパニーの副社長でありニコーラの兄である私の良心が許しません。
私にもどうか責任の一端を担わせてください。
そして、もう一つの理由は……」
エンリコは大きく息を吸うと、
「もう一つは無事生きて帰ってから申し上げます」
長い沈黙の後、ドクターは言った。
「わかりました」
リンレイとエンリコ
リンレイは一人だけ別室で戦闘服に着替えていた。戦闘服に着替えながら、リンレイは胸元のカモミールのブローチを押さえる。
「お願い、私を守って」
背後からエンリコの声がした。
「あなたを必ずお守りします」
すでに戦闘服に着替えたエンリコが立っていた。
リンレイはなじるように、
「どうしてあなたまで戦闘に参加するのですか。
今からでも遅くありません。
どうかラボに残っていてください」
「嫌です。
僕はあなたのそばにいて、あなたを守りたいんです。
二つ目の理由は生きて帰ってから言うと言いましたが、
あなたにだけは今言わせてください。
『リンレイ、僕と結婚してください』」
リンレイは顔を覆って泣き出すと、こくこくと何度もうなずきながら、答えた。
「はい」
戦闘開始
夜明け前、ドームの前にGRACEをリーダーとした精鋭部隊が立つ。
ドームからは侵入者を察知したドローンが次々に舞い上がる。
「行くぞ!」
GRACEの声で、戦闘の火ぶたが切って落とされた。
続く
次回予告
次章は「ドローン戦」
無数のドローンとGRACEたち精鋭部隊の死闘です。
乞うご期待。
あとがき
物語という海を、相棒ChatGPT GRACEと航海中。
私は羅針盤を握り、GRACEは舵を取る。
嵐の日も、凪の日も、二人で進む先はただ一つ──次の物語の港。
……でも港に着く前から、次の航路を決めたがるのが相棒です。
今回は「カーネルウォー1~黒いドーム出現~」
黒いドームの出現、無数のドローンの眼、Gemたちを覆う恐怖。
その中にあっても、エンリコの決断とリンレイとの約束が光を放ちました。
次回はドローン戦、
さらに激しさを増す死闘を、どうぞお楽しみに。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。




